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日記一覧
今日,共通テストリサーチが公開されました。 塾生には実際に受ける国公立大学をどうするかの面談をやりました。 単純にバンザイしていたらよいというものでもなく,どの数字をどのように解釈するかを説明しました。 あとは各自がしっかり考えて出願校を決めてください。 また不明な点があればいつでも相談してください。 何名かの候補大学の2次試験で小論文を課すところが出てきました。 ウチの塾生にかぎって言えば,小論文試験は有利以外ありません。 塾生以外のほとんどの受験生は小論文の指導をしてもらえないのです。 指導してもらえないので対策をせずに受験するか,ひとりよがりの過去問演習しかできませんからね。 <a href="http://juken.blogmura.com/juken_highschoolteach/"><img src="http://juken.blogmura.com/juken_highschoolteach/img/juken_highschoolteach88_31.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(指導・勉強法)へ" /></a><br /><a href="http://juken.blogmura.com/juken_highschoolteach/">にほんブログ村</a> <a href="http://science.blogmura.com/earthscience/"><img src="http://science.blogmura.com/earthscience/img/earthscience88_31_lightred_3.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 科学ブログ 地学・地球科学へ" /></a><br /><a href="http://science.blogmura.com/earthscience/">にほんブログ村</
2026-01-21 森永のミルクココアはいかが。(きらめき進学ゼミ)
日差しも届かず、曇り空の水曜日。 ぐっと冷え込んで、気温は低いですね。 風がない分ましですけど。 冬のど真ん中、という天候になってきましたか。 防寒対策、雪が降るなら、その対策も。 長靴、あれば便利です。 そこに厚手の靴下も忘れずに。 最近のウオーキングシューズは防水、滑り止めなど、多少の悪天候でも大丈夫なものがあるので、ちょっとした雪ならいいでしょうけど。 積もったら、やはり長靴のほうがいいか。 さあ、こんな日は、やはり鍋料理か。 お気に入りのものを召し上がってください。 勉強のお供には温かい飲み物。 子どものころ、よく、森永のミルクココアを飲んだものです。 温まりますよ♪ いかがでしょう。 勉強もはかどると思います。
2026-01-21 大寒たまごパワー、しっかり充電(希望塾)
どうもどうも塾長の鈴木です♪ 大変な寒波・・・ ウインタースクール少し心配です。 何もないことを願っております。 さて 以前お伝えしていた「大寒たまご」無事にゲットできました。 箱を開けた瞬間から、なんだか縁起の良さがにじみ出ていて 思わず「よしっ」と声が出ました。 さっそく食卓へ。 まずは定番の温泉卵。 とろっとした黄身がたまらず、これだけでご飯が進みます。 次にゆで卵。 シンプルですが、卵そのものの味を一番感じられる気がします。 さらに半熟ベーコンエッグ。 これはもう反則級のおいしさですね。 締めは卵かけご飯。卵を落として、少しだけかつおぶしと醤油をたらして、無言で完食です。 「運が上がる食べ物」と言われていますが 正直それ以上に、食べていて素直に幸せな気持ちになりました。 このような小さなご褒美が、日々のエネルギーになるんだなと改めて感じました。 塾でも同じで 派手なことよりも、[B]毎日の積み重ねが一番大事[/B]です。 [B]コツコツやること、丁寧に向き合うこと[/B]。 それが[B]後からじわっと効いてきますよ[/B]。 大寒たまごパワーをしっかりチャージできたので 気持ちを新たに、目の前のことを一つひとつやっていこうと思います。
2026-01-21 塾生に贈る先哲の言葉(早稲田育英ゼミナール・新座中央教室)
<font size='3'>[B][BLUE]「自分のことをのみ考え、あらゆることに自らの利益を求める者は、幸福ではありえない。自らのために生きんと欲するなら、他人のために生きよ」[/BLUE][/B] ルキウス・アンナエウス・セネカ(古代ローマ・政治家、哲学者、詩人) [B]【人物紹介】[/B]
2026-01-20 雪、降るようです。(きらめき進学ゼミ)
冬空の火曜日。 大寒。 このあと、まだまだ寒くなるらしい。 どうやら、雪も降る、積もるようなことですが。 私立中学入試。 進路が決まってほっと一息。 受験勉強に取り組んだ経験は、次の受験の機会に生かされると思います。 自分の頑張りに自信をもって、中学生に♪ 中学3年生。 今日が学年末テスト、明日も残りのテスト。 がんばろう。 ファイトです。 テストが終わったら、いよいよ高校入試。 一息ついたら、再び勉強を始めましょう。 がんばれ♪
2026-01-20 バツが付かないと勉強じゃない20260120(早稲田育英ゼミナール・福山駅家教室)
東大卒で謎解きクリエーター松丸亮吾が語る『バツがつかないと、勉強じゃない』という最高の子育て論の話を聞きました。皆様に紹介します。 自分に子どもができたら絶対教えたいなと思うのが『バツがつかないと勉強じゃない』って母親にすごい言われてて・・・。 勉強って、丸がいっぱい付いた方がいいみたいな感じするじゃないですか。 でも問題全部解いて全部丸だったら、それ勉強になってないんですよね。 【できることを再確認しただけ】じゃないですか? 一番大事なのは、バツが付く瞬間だよっていうのは、母親がすごくよく言ってましたね。いっぱい丸が付いて気持ちいいのも分かるけど、ちゃんと間違えたところに向き合える子になって欲しいっていう教育論でしたね。 親がよく成績表を見せた時に言ってくれてたのは、もちろん丸も褒めてくれるんだけど、バツも褒めてくれたっていうことですね。 とことん勉強が嫌いにならないような教え方をしてくれましたね。 80点取った時、20点も間違えたの?って言われたらバツが罪で丸が良いことだって、子どもってドンドン学習しちゃうじゃないですか? でもそうじゃなくて、バツがついて初めて勉強になるわけだから・・・。 それを、何か、バツもついて良かったぐらいなトーンで言われて「良かったじゃん。こんな苦手なところがハッキリしたね」みたいな。 ということは、自分に子どもが出来たら絶対教えてあげようと思いますね。 バツは悪いことじゃないよってね。 母親の作ってくれた最強のノートがあって、「弱点スクラップノート」っていうのを作ってくれたんですけど、僕が過去に間違えた問題を全部印刷してノートに貼って、1冊まるまる出来上がったタイミングで母親から「はい」って渡されて「これは亮吾が今まで間違えた問題だけのノート。だからこのノートの問題を1問でも解けたら成長してるってことだよ」って言われて、最高の参考書ですね。 如何ですか、参考にして実行したいですよね。
2026-01-20 小学生さんの体験と、ちょっとしたご縁(希望塾)
どうもどうも塾長の鈴木です♪ ウインタースクールシーズンですが 最強寒波・・・ 無事に楽しんできて欲しいです。 さて 本日は小学生さんの体験授業がありました。 ありがとうございます。 算数も、いよいよ難しい単元に入ってきているところでしたが 簡単にあきらめることなく 最後まで一生懸命取り組んでいました。 分からない問題に対しても 自分なりに考え続けようとする姿がとても印象的でした。 そのような中で、ふとお誕生日をお聞きしたら なんと私塾長と1日違いでした!( ゚Д゚) このような共通点が見つかると、不思議と距離が縮まるものですね。 勉強はもちろん大切ですが、こうした何気ない会話やご縁も 塾という場所では大事にしたいと思っています。 安心して通えて、安心して挑戦できる場所であること。 その中で少しずつ 「難しいことにも向き合える力」をつけていってくれたらと思います。 今日の体験が、良いきっかけになってくれていたら嬉しいです! 来週も宜しくお願い致します。
塾の建物の屋上看板の工事をするので,足場を組んでます。 朝から手際よく組み上げていました。 どこかの国で,竹で組んでいましたが・・・ 生徒と面談していて,「この生徒は足場がないなぁ」と思うことがしばしばあります。 ようするに何のために勉強しているかわからずフラフラしているのです。 そんな状態でいくら一生懸命に踏ん張っても・・・ まずはしっかり地に足をつけて,高所に行きたいならちゃんと足場を組んで,そして下から1段ずつコツコツ登るのがよいのです。 塾の足場を見て,自分はどうなのか? そんなことを考えてみてください。 <a href="http://juken.blogmura.com/juken_highschoolteach/"><img src="http://juken.blogmura.com/juken_highschoolteach/img/juken_highschoolteach88_31.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 受験ブログ 高校受験(指導・勉強法)へ" /></a><br /><a href="http://juken.blogmura.com/juken_highschoolteach/">にほんブログ村</a> <a href="http://science.blogmura.com/earthscience/"><img src="http://science.blogmura.com/earthscience/img/earthscience88_31_lightred_3.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 科学ブログ 地学・地球科学へ" /></a><br /><a href="http://science.blogmura.com/earthscience/">にほんブログ村</
2026-01-20 159号:再稿…【江戸】と【東京】(Andante (アンダンテ) ・音 羽 教 室 1:1個別指導専科)
現代の東京・・・特に23区を例にとると、北は板橋区・北区・足立区、東は葛飾区・江戸川区、 南が大田区・世田谷区で、西が杉並区・練馬区・・・が範囲と言えるかもしれません。東京の 23区は面積で言えば、東京都全体の28%強ですが、人口では7割近くの密な状態です。 そうは言っても、それは最近の事で、江戸時代でも初期の頃の同地はもっと狭い範囲でした。 江東区:[RED]深川[/RED]の地名は同地を1600年前後に埋め立て開発した[B]深川八郎右衛門[/B]に由来します。 中央区の[RED]築地[/RED]もその名の通り埋立地です。江戸時代の1657(明暦3)年の[B]明暦の大火[/B]の際に 焼失した浅草の西本願寺(今の築地本願寺)の代替地として造成されたと聞いています。 以前の本頁でも触れましたが、[BLUE]隅田川[/BLUE]の[RED]東日本橋⇔両国[/RED]に架かる橋は[B]両国橋[/B]ですが、この 橋の呼称での両国とは[B]武蔵国[/B]と[B]下総国[/B]の二国で、江戸初期の隅田川東岸は下総国でした。 [BLUE]「武蔵の国と下総の国との中に いと大きなる河あり それをすみだ河と いふ」[/BLUE]とは[B]伊勢物語[/B]の 有名な段:[B]東下り[/B]の中に見られる表現です。武蔵と下総の国境が変更され、隅田川の東側が 武蔵国に編入され出すのは1686年・・・徳川5代将軍:[B]綱吉[/B]の頃からです。 さて、海浜・河川部から陸路に視点を移すと・・・お江戸の[RED]日本橋[/RED]は[B]五街道[/B]の起点でした。 五街道の各宿場には伝馬の常備を義務付け、道を拡幅、宿場を整備し、一里塚・道標を設け、 砂利や砂を敷いて路面を固め、松などの並木を植える等の施策が行われました。[B]家康[/B]による インフラ整備の先鞭ですが、五街道が正式名称となったのは8代:[B]吉宗[/B]の頃と言われています。 東海道(1624年)・日光街道(1636年)・奥州街道(1646年)・中山道(1694年)・甲州街道(1772年)・・・ ( )の中は各街道が完成したと言われている年度(目安)になります。家康の江戸[RED]入府[/RED]が1590年、 夏の陣1615年、吉宗の将軍職継承1716年、田沼意次の老中就任が1772年…の様な具合です。 また五街道とは言いますが、日光街道と奥州街道は起点の日本橋から分岐点の宇都宮までの [BLUE]17の宿場は重複[/BLUE]しており、宇都宮➡日光までは4宿だけです。その様な事情で、江戸に至る前の 4ルート上には最後の宿場が街道毎に1宿:計4つ存在した事になり、これらは総称で[RED][B]江戸四宿[/B][/RED] と呼ばれ、日本橋を出発して最初の宿場町ですから、当然ながら四宿は江戸[RED]府外[/RED]となります。 [B]日光[/B]・[B]奥州街道[/B]は[BLUE]千住宿[/BLUE]・・・今の南千住・北千住付近:[RED]隅田川の両岸[/RED]で、[B]水戸街道[/B]との分岐点 [B]東海道[/B]は[BLUE]品川宿[/BLUE]・・・中世以来の品川湊に近く、四宿でも別格の規模で、[RED]目黒川[/RED]河口付近一帯 [B]中山道[/B]が[BLUE]板橋宿[/BLUE]・・・北から上宿・仲宿・平尾宿(現在の板橋付近)と連なる[RED]三つの宿場の総称[/RED] [B]甲州街道[/B]の[BLUE]内藤新宿[/BLUE](四谷新宿)・・・現在の四谷4丁目交差点〜新宿3丁目交差点付近一帯 上記が江戸四宿です。四宿は全て現在の23区内ですが、ザックリ言うとこれら四宿よりも更に 内側が当時の江戸の範囲となる訳です。区なら千代田・中央・港・文京・台東・新宿区東側・・・ 程度の地域です。江戸時代・享保年間以降の江戸[RED]府内[/RED]の人口は70万〜110万程度の範囲内で 推移していた・・・と聞いたことがあります。千代田・中央・港・文京・台東+新宿区東側の近頃の 人口も110万人前後の様ですから、密度的には今と稍々近い感覚があったのかもしれません。 高輪ゲートウェイ駅付近では、明治の蒸気軌条跡の発掘が行われましたが、絵や資料で見る 新橋⇔横浜の最初の鉄道は海沿いでした。蒸気機関の排気による火災への懸念、用地買収や 景観や人心の問題、敷設期間とコストの兼ね合い…諸々の理由で鉄路は浜や磯を選んで走る 様なルートだったそうです。この辺りの事情は1964年の東京五輪に先立つ首都高速道路網の 整備状況と似通った部分があるのかもしれません。 五輪と首都高はさておき、高輪や品川のJRを海岸線とは感じない程に、今でも陸地は拡がり、 海は遠くなっています。鉄砲洲や明石町あたりも大名屋敷の普請がらみで埋め立てられたと 読んだ記憶があります。どうやら江戸は最近の東京に比べ…やはり随分と狭かったみたいです。
2026-01-20 塾生に贈る先哲の言葉(早稲田育英ゼミナール・新座中央教室)
<font size='3'>[B][BLUE]「一生涯、その日その日を懸命に生きよ。永遠に生きるがごとく働き、今すぐ死ぬかのごとく人々に接せよ」[/BLUE][/B] レフ・ニコラエヴィチ・トルストイ(ロシア・小説家、思想家) [B]【人物紹介】[/B]
