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教師の独り言
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2022年02月14日 月曜日 地名だけ残る |
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東区西隆寺の地名の由来 岡山市東区西隆寺は、西隆寺という寺の所在地だった事に由来する地名です ただし寺院は既に廃寺で、地名のみが残されています。西隆寺は尼寺で、地名となるくらいなのでそれなりの影響力のある寺院だったのでしょう。しかし鎌倉時代に焼失し、そのまま再建されませんでした。 寺院は隣接する百枝月との境の辺りにあったと言われています。西隆寺にある鶯梅院という...(詳細はこちら) |
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2022年02月13日 日曜日 牛窓の向こう |
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東区才崎の地名の由来 西大寺地区の才崎の地名は神功皇后の伝説に由来します。厳密には神功皇后自身ではなく、彼女の愛馬に由来します。 神功皇后一行が航行の途中に潮待ちをしていた牛窓半島の岬で、鏑矢を打つと言う余興をしていました。その際に海へ乗り入れるのに使われたのが白鷹という馬でした。この馬は余興の後に船に戻るのに失敗して、自分で陸地へ戻っていったのですが、その姿を見た...(詳細はこちら) |
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2022年02月12日 土曜日 クロガネ |
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東区鉄の地名の由来 岡山市でも有数のインパクトがある地名をご紹介します。岡山市東区鉄。 読み方はテツではなく、「クロガネ」です。 かつてこの辺りからは鉄が産出されており、それ地名になりました。 現在は鉄ではなく農業が盛んな地域になっています。岡山市の鉄ほど直球ではないにしても、鉄の産地である事を由来とする地名には特徴があります。 例えば【赤】。 赤土が出...(詳細はこちら) |
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2022年02月11日 金曜日 徒歩(かち) |
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東区可知の地名の由来 岡山市東区の難読地名に、可知があります。 読み方カチです。倉敷市の阿知とは漢字もよく似た地名ですが、関係はありません。 では由来についてご紹介していきましょう。可知の地名は徒歩の文字が転じて出来た地名です。現在は余り用いられませんが、徒歩はカチとも読みます。 昔の可知周辺は旭川の河口が広がる地区でした。後に川の流れが変わり、それにと...(詳細はこちら) |
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2022年02月10日 木曜日 直家絡み |
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東区乙子の地名の由来 岡山市東区に乙子という地名があります。宇喜多直家の躍進の最初のステップとなった乙子城でその名を知っているという方も少なくないでしょう。 乙子の地名は地区内にある乙子神社に由来しています。現在では余り使われない表現ですが、乙子には末っ子という意味があります。 乙子神社の祭神が五瀬命の末弟である神武天皇(若御毛沼命)である事から、乙子が神社に...(詳細はこちら) |
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2022年02月09日 水曜日 寺名の前の本当の由来 |
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東区西大寺の地名の由来 岡山市東区西大寺地は同地区にある寺院の西大寺が地名の由来です。日本三大奇祭に数えられる事もある会陽で知られる寺院です。西大寺にはサイのマスコットキャラクターがあります。 実はサイと西大寺には大きな関係があるのです。話は奈良時代に遡ります。 安隆上人という僧侶が、夢で備前金岡庄の観音堂を修築するようにというお告げを受けました。 そこで...(詳細はこちら) |
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2022年02月08日 火曜日 永遠に安い? |
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東区西大寺地区 永安橋の由来 岡山市東区西大寺地区の吉井川に永安橋という橋が架かっています。 この橋の名前は初代の橋が架けられた1879年に、当時の県令(現在の県知事)だった高崎五六が名付けたと伝えられています。 その理由については、ちょっと面白いエピソードがあります。 当時の橋は有料橋だった為、渡り初めの際に高崎が「橋は長(永)いが、通行料は安い」といった旨の...(詳細はこちら) |
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2022年02月07日 月曜日 陸地化する |
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東区浅越の地名の由来 かつて岡山市東区西大寺の辺りは現在よりも海が陸地側に広がっていました。 浅越の辺りも浅瀬になっていました。浅越は引き潮になると海水が引いて陸地化する土地だったことから生じた地名です。 元々は旧西大寺市に属しており、1969年に岡山市と合併した際は旧市名を冠した西大寺浅越となりましたが、1972年に再び浅越に改称されました。浅越の区域の元は...(詳細はこちら) |
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2022年02月06日 日曜日 小早川?焼き餅? |
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中区中納言町の地名の由来 岡山市に「中納言町」という、少し変わった地名があります。 中納言とは、昔の官位の事です。時代劇の水戸黄門として著名な徳川光圀もこの官位です。この官位が地名になったのは、中納言の官位を持つ小早川秀詮(岡山藩主)がこの辺りへ屋敷を持っていた為と言われています。しかし、中納言の由来はこの節だけではありません。 他の有力説として、もう一つの焼き...(詳細はこちら) |
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2022年02月05日 土曜日 内田百�� |
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百間川の由来 百間川は岡山市中区〜東区を流れ、最終的に児島湾に注がれます。 名称は二の荒手と呼ばれる場所(現在の中島竹田橋)の川と堤防を含めた長さが100間ほどあった為です。 岡山市出身の作家、内田百間さんのペンネームはこの川に由来します。 (※内田百間の"間"の字は正式には中が月です) 百間川は江戸時代に作られた人工河川です。江戸時代の岡山藩は旭川...(詳細はこちら) |
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