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2013年04月13日
土曜日
自分で得ることができることを神に頼んでも無駄である。 ( 塾長のつぶやき )
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岡山の中学・高校受験の塾
自分で得ることができることを神に頼んでも無駄である。(エピクロス)
◇神頼みが意味を成すのは、人事を尽くした時です。もうこれ以上できないと全力を出してことにあたった時に、最後の一押しとして、神様に「どうか成功しますように!」と頼むのです。まだ、自分ができる余地を残した神頼みは意味はありません。
上の名言も言うように、神様ではなくて自分でできることがあるからです。
神は人間を超え出た存在ですから、人間のできることには関心がないのです。
「まだ君ができることがあるよ。それが出来てから、私に頼みにおいで!」
そう神は天空で思っているはずです。
◇ベストを尽くす。このベストの意味は、自分の持てる全ての力を出すということです。それが出来て初めて神頼みは有効になります。神頼みができるぐらい私たちは、自分の最大限の努力をしましょう。神しか入り込む余地がないぐらい徹底的に取り組みましょう。
(マネジメント・ブレイン・アソシエイツ 中土井鉄信氏 作)
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