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2012年09月21日
金曜日
幸福の便りというものは、待っている時には、決してこないものだ ( 塾長のつぶやき )
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幸福の便りというものは、待っている時には、決してこないものだ。(太宰 治)
◇幸せは、待っていても来るものではありません。だからと言って、追い求めていても得られるわけではありません。幸せは、それを意識しないで、ただ目の前の自分の課題に必死に答えようとする時に、偶然感じられるものです。
◇意図的に生きていけば、自分の掲げた目標は達成できるかもしれませんが、意図的に生きていけばいくほど、意図通りにならなければ、それだけどんどん人生から見放されたような思いが強くなって、幸せを追い求めてしまうようになります。人生は、そうそう自分の思い通りにはいかないものですから、意図的に生きようとだけ思ったら、挫折感が募ってしまいます。
◇それよりは、自分はこういう人間でありたいという人間観を持って、目の前の課題に向き合っていった方が、あらゆるところに、幸せを感じることができます。そこには、意図があるわけでなく、意志があるからです。こういう人間でありたいと意志する時、自分の課題に対してもそういう態度がとれるからです。幸せになることではなく、幸せであるという態度を私たちは、持つべきです。幸せの便りは、必要なくなります。すぐそこに幸せと共に自分があるからです。
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