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『悲しすぎる現実と闘いながら……』
最近つくづく理不尽に思うことがある。それは、中学校間における教科指導内容の格差である。教師によっては進度の遅れから、教科書の指導内容が中学校三年間で終わらないことが多々ある。昨年度などある中学校では、社会の公民分野が大半のページを下線を引かせる指導だけで終わっていた。そのうえ過去には公民の教科書を一切指導しない年もあった。また一方で、生徒達の理解を無視し異常な速さで授業を進め、中学校三年生の教科書を11月中にほぼ終え、それ以降はただ自習だけをさせる数学教師もいた。
憲法第26条に『すべて国民は法律の定めるところにより、その能力に応じて等しく教育を受ける権利を有する』とある。ある程度のブレや教育内容の差異は容認せざるを得ないとは思うが、非常に熱心で素晴らしい指導を施すごく一部の教師がいるものの、その多くは先述のような教師なのである。これでは公教育そのものが憲法違反と言わざるを得ない。しかも、その理不尽な教師たちが国家が認めていない相対評価によっていわゆる内申点を付け、それが入試に大きな比重を占めるのである。
私自身は教育者とは言えないかもしれないが、少なくとも塾を通して教育の一旦を担うものとして、あまりにも悲しすぎる現実を憂うのである。今の学校だけで教科指導が不可能であることは誰もが知るところである。それなら、教科指導については我々塾に国家が認めて任せてもらえないものなのだろうか、と夢物語を思い描くこともある。
どうすれば未来ある子供たちに本当の機会均等の教育を施すことが出来るのだろうか。私自身その答えを見出せないまま理不尽な学校教育と闘いながら──またこれからも悶々とした日々を送ることになるのだろう。
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