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2025年11月11日
火曜日
徳川家光は呼び捨てにされるのが嫌だった? ( 新着情報・塾長日記 )
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こんにちは。
KEEN WIT 国語塾の京谷良輔です。
江戸時代後期の随筆集『耳敏川』(本間游清著)に登場する話を紹介します。
徳川家光は絵の名手でしたが、「きそう」という絵の名手が宋の皇帝・徽宗だと知った時、絵を描くのを辞めました。
その理由は家光によると、以下の通りです。
世の人きそうきそうと呼び捨てぬればいやしき人とこそ思ひつれ、予がかきつる画も後の世にはかかるたぐひにやなりなん。
(世間の人がきそうきそうと呼び捨てにするので身分の低い人だと思った、私が描いた絵も後世ではこのようなたぐいになるのだろうか)
有名人が呼び捨てにされるのは、今の世でも同じです。
私は有名人ではありませんが、学習塾の先生という仕事も生徒様に呼び捨てにされやすそうですので、それが嫌な家光の気持ちも分かります。
もっとも、彼の場合、江戸幕府・三代将軍として有名です。
だから、彼の意に反して、後世で呼び捨てにされているのが面白いですね。
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