|
第19回 子育て通信
学ぶ意欲を育てる方法��
学ぶ意欲を育てる方法と言うテーマで書き出しましたが、学ぶ意欲は育てなければならないものなのでしょうか。
前回、子ども達は未知の世界に降り立った冒険者だと書きましたが、未知の世界は不思議に満ちています。子ども達は、見るもの聞くもの全て珍しく、不思議で興味しんしんです。知ること学ぶことは、未知の世界に降り立った子ども達にとって必要不可欠です。学ぶことは、子どもの本能なのです。子ども達は、学びたがっているのです。
この世界は不思議に満ちています。
なぜ、太陽や月や星は、毎日東から昇り西に沈むのか?なぜ落ちてこないのか?
なぜ秋になると、木々は赤や黄色に色づくのか?
あの気持ちの悪い青虫がどうしてきれいな蝶になるのか?
テレビという箱の中には一体何があるのか?
なぜ遠くのものが見えるのか?
ビルの横にある看板には何と書いてあるのか?
なぜ飛行機は飛べるのか?
分からないことだらけです。
大人が火を付けて吸い込み、煙を吐いているのは一体何なのか?
大人はどうしてそんなことをするのか?
お父さんが家に帰って来て、毎日飲んでいるあの茶色の飲み物を飲もうとするとなぜ怒られるのか?
お母さんが外に出かける時、必ず鏡に向かって赤い色を口に塗るのはなぜなのか?
大人は理解に苦しむ人たちです。
お父さんが車を運転しているのを見て自分も運転しようとすると全然車が動かないのはなぜなのか?
お母さんの自転車に乗ろうとすると、お母さんは転ばないのに、自分はなぜ転ぶのか?
お父さんが持ち上げると動くソファーはなぜ自分が動かそうとしても動かないのか?
大人は、自分ができないことができる魔法使いです。
小学校に上がる前の子ども達にとっては、この世界は不思議で満たされています。大人は理解できない生き物であり、自分ができないことができる超能力者です。
しかし、小学生になると、少しずつ、少しずつ不思議は消えて行きます。大人ができることも少しずつできるようになります。
しかし、小学校に上がると、またまた不思議は増えてきます。ローマ字を習ってやっと読めるようになったはずの看板にまた不思議なものが書いてあることに気づきます。
お菓子屋さんの看板の「CAKE カケ」は一体何の意味なのか?
「私わ、学校え行きます。」をなぜ「私は、学校へ行きます。」と書くのか?
太陽や月や星が毎日東から昇り、西に沈むのは地球が自転しているからそう見えるのだと言うことは分かったけど、なぜ地球は太陽の周りを回り、月は地球の周りを回っているのか?
分かるようになった以上に、分からないことが増えてきます。できるようになった以上に、できるようになりたいことが増えてきます。まだまだ、大人になれるのは、はるかな未来です。
話は変わりますが、こんな話を聞きました。子供が二、三歳のころ、家族で、車で外出しようとすると、毎回車に走って行き、ドアを開けようとするのだそうです。遠くから開錠してあげるのですが、力が弱いので、ドアは開きません。何回やっても開かないのに、一年近く続けていたそうです。そして、やっとドアが開く日が来ます。開いたドアを指さし、得意満面です。
一年近くもドアを開ける努力を続ける子どもを見て、子どもの意欲はすごいものだと感心したというのです。大人ができることをできるようになりたいという子どもの意欲に驚かされる話です。
小学3年生と1年生の兄弟が泥まみれになって駆け込んできたそうです。どうしたんだと言うと、両手をいっぱいに広げて、「こんなに大きな魚がいっぱいいたんだ。捕まえようとして二人で池に飛び込んだけど、魚がすばしこくて捕まえられなかった。暗くなったので、あきらめて帰って来た。」というのです。どうやら、よその家の庭に入り込んで、池の鯉を取ろうとしたようです。二人とも興奮しています。そんな大きな魚は見たことがないのです。つかまえられなかったことが悔しくてたまらないようです。どうやら、池で飼われている鯉だと言うことは分からなかったようです。それにしてもすごい行動力です。
「うちの子は影を怖がって外で遊びたがらないのですが、どうしたらいいでしょう。」と相談されたという話です。小学校の低学年のお子さんらしいのですが、ある日、影がどこまでも自分を追いかけて来ることに気づいたらしく、走って逃げても逃げ切れなくて、それ以来、外で遊ぶのが怖くなったようです。影とは何者か、なぜ影ができるのかが分からなければこう言うことも起こるでしょう。子どもの気持ちも分かります。
三つの事例を上げましたが、大人の物差しで考えれば、単に馬鹿げた行動に見えるかもしれません。しかし、子どもたちは真剣そのものです。子どもには子どもの世界があるのです。子どもには子どもの感性があるのです。この、子どもの世界と子どもの感性を理解し、大切にしてあげることが、子どもの興味関心や意欲を育てることにつながります。
「何を馬鹿なことをしているの。」と言った対応は、子どもを委縮させ、意欲をそぐことにつながります。
誰でも、子どもの時代を通過してきています。子どもと付き合うには、自分の子供時代に戻って、自分も子どもの心で付き合うことがいいのかもしれません。そうすれば、子どもの心が分かって、一層子どもをいとおしく感じるのではないでしょうか。そうすれば、子どもものびのびと育つはずです。
子どもの世界を大人の目で見て、大人の感性で子どもにものを言ってしまうことが子どもの意欲をそぐことにつながってしまうことがあります。
子どもには、知りたい、理解したいと言う本能と大人がやっていることを自分もやれるようになりたいと言う願望があります。生きて行くためには、大人ができることをできるようにならなければならないと言うことを本能的に知っているのです。
子どもは勉強が嫌いだと思っている方は、子どもを勉強嫌いにしてしまったかもしれません。
ありのままの子どもを見ないで、自分も勉強が嫌いだから、子どもも勉強が嫌いに違いない。だから、無理にでも勉強させなければ子どもは勉強しない。だから、「勉強しなさい。」と言って無理やり勉強させる。その結果、子どもは勉強が嫌いになってしまいます。
不思議なことを理解したい、大人ができることをできるようになりたいと言うことと勉強は別物だと言われるかもしれません。勉強は学校で習うもので、不思議なことを理解することは学校の勉強とは違うと言われるかもしれません。この考え方は、子どもを勉強嫌いにさせてしまいます。
学校の勉強は、この世界の不思議なものを理解するためのものです。大人にできることをできるようになるためのものです。それを少しずつ学んでいるのです。
確かに、お子様が今知りたいことと、今学校で習っていることは違うかもしれません。しかし、お子様が今知りたいことを、学ばせなくて学校の勉強だけをやらせることは、本能としての学ぶ意欲を押しつぶすことになってしまいます。知りたいことを知りたいように学ばせ、その一部として学校の勉強をさせるのです。
うちの子は、学校の勉強さえ満足にできないのにそんな余裕はありませんと言われるかもしれません。それは、逆なのです。知りたいことを知ることができないから学校の勉強をしなくなってしまいます。
知る喜びは、知りたいことを知った時に生まれます。この喜びが本来持っている学ぶ意欲を強化するのです。強化された学ぶ意欲があれば、学校の勉強など簡単なものです。学校で十分な時間を取って教えてもらっているのですから。小学校の時の子どもたちの吸収力や記憶力は大人の何倍もあります。蓄積された知識は大人に劣っても、大人より子どもの方がずっと頭が良いのです。意欲さえあれば、子ども達にとって学校の勉強など簡単なのです。学校の勉強ができない子どもは、頭が悪いのではありません。学ぶ意欲を無くしてしまっているのです。
何にでも興味関心を持ち、好奇心旺盛な子どもを育てることです。そうすれば、学校の勉強にも意欲を持ってくれます。
そのためには、どうしたらいいのでしょうか。
この世界の不思議なものにもっと意識を向けさせることです。
例えば、「月はどの方角から昇って来るの?太陽は?星は?」「蝶はどのようにして育つのかな?冬には見かけないけど冬はどうしているのかな?」「飛行機は、何で落ちないのかな?」と言った問いかけをして、不思議なことがいっぱいあることに気付かせ、意識させることです。そうすれば、知りたい、分かりたいと言う本能が刺激され、知らずにはいられません。もちろん、子ども自身が気づいて不思議だと思うことはたくさんあります。しかし、不思議だと思うにはそれなりに時間がかかります。不思議なことに気づかないこともあります。不思議に気づかせることが、速くたくさんの不思議に出会うことになり、知りたい、分かりたいと言う本能を強化するのです。
ここで、注意しておかなければならないのは、不思議に気づかせても全ては教えないことです。十個の不思議に気づかせたら、教えてあげるのはその内の一つか二つにしておくことです。その内、学校で習います。その謎が解けた時、学校の勉強が面白くなるのです。全て教えてあげると、知りたい、分かりたいと言う本能は充足されてしまい、強化されません。分からないものがいっぱいたまった方が、本能は強化されるのです。お腹がすいている方が、食欲が旺盛なのと同じです。でも、お腹がすき過ぎると苦しいように、何もわからないのも逆に意欲をそいでしまいますので、小出しにして教えるのです。その内学校でならうから、分かる日が来るでしょうと言っておくことです。
ある方の中学時代のお話をさせてもらいます。その方の中学の理科の先生は、天文学が大好きで、授業中天文学の話をよくしてくれたそうです。その当時としては最先端の知識であるブラックホールの話しなど、面白い話をたくさん聞いたそうです。
夜、生徒を集めて、先生の望遠鏡で天体観測をすることもあり、天体について関心が高くなったそうです。
ある時、天体に関する本を読んでいて疑問が出てきたそうです。
(ある方のお話)
「太陽系の惑星の公転軌道は、すべて時計と反対周りになっていることが書いてあります。自転も太陽と同じく、時計と反対周り、それぞれの惑星の衛星もすべて時計と反対周りに回っている。そして、他の本で人工衛星の軌道について書いてある本を見たら、人工衛星も時計と反対周りでした。すべてが、同じ方向に回っていたのです。これに気がついて不思議でたまらなくなって、理科の先生のところに聞きに行きました。そしたら、先生は、「良いところに気が付いたね。なぜなのか調べてごらん。」と言って教えてくれませんでした。太陽系が、神様の作った交通ルールを守っているように、同じ動きをしていることが不思議でたまらなかったので調べることにしました。学校の図書館の天体に関する本をすべて読んでみましたが、分かりませんでした。そこで、学校の近くに有った県立図書館に行って調べましたが、なかなか分かりません。関係有りそうな本を、読み漁りましたが、なかなか分かりません。太陽系ができる時に、時計回りと反対に回転する一つのガス体が凝縮して太陽系ができたので全ての運動が時計回りと反対になったということがやっと分かった時には、それまでに読んだ本からたくさんの不思議なことが生まれていました。そうして、天文学の泥沼にはまって行くことになりました。素人ですが、今でもテレビで天体に関する番組があると必ず録画して見ています。
理科の先生は、当然私の求める答えを知っていたはずです。しかし、教えてくれませんでした。もし、あの時、先生が教えてくれていたら本など読まなかったでしょうし、他の不思議にも出会わなかったでしょう。自分と同じように天文学が大好きな生徒にしようとたくらんで教えてくれなかったのだと思います。そして、私は先生の罠にみごとにはまったのです。教えないこと、これは素晴らしい教育になります。・・・・・・・・
このように、分からないことは、知りたいと言う飢餓感から、自分で調べ始めるのです。分からないと、いつまでも知りたいと言う飢餓感は残るのです。そして、その答えを学校で見つけると学校の勉強が大好きになるのです。
たいていの答えは学校で見つかります。小学校で見つかる場合もあれば、中学、高校にならなければ見つからないこともあります。大学でしか見つからないものもあります。大学でも見つからないものもあります。
この、分からないという飢餓感が学ぶ意欲を強化し続けるのです。知れば知るほど、また知りたいものが見つかります。知らないことを自覚していることが学ぶ意欲につながっているのです。
|