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第18回 子育て通信
どんな子どもに育てたらいいのか?
頭を良くするとか国語や算数の成績を上げるにはどうすれば良いのかということも必要ですが、子育てにはもっと大切なことがあります。
どんな子どもに育てたら良いかということです。これは一見難しいテーマです。しかし、重要なテーマです。頭が良くなるのも成績が良くなるのも子どもの心の持ち方にかかっているからです。
子どもは、本来、未知の世界に生まれてきて、この未知の世界について知りたい、学びたいと言う本能を持っています。また、大人になるために必要な力を身につけたいという本能も持っています。このような本能が健全に発揮されるためには、その本能を妨げない子育てが必要です。しかし、現実的にはそれが難しく、学ぶ意欲を無くした子どもたちが大半です。
どうすれば、子どもたちの本能を健全に発揮させることができるのでしょうか。
「三つ子の魂百まで」と言う言葉があります。三歳までの経験が一生を左右するという意味ですが、人の性格や行動パターンを決めると言う意味ではそうだと思いますが、生き方を決めるのは小学高学年での経験ではないでしょうか。
子どもは三歳までのことはほとんど覚えていませんので、無意識ですが、親子関係や子どもの性格、行動パターン(主にしつけの面)で、三歳までの体験が大きく影響していることがあります。しかし、中学生や高校生が、今、何を目指して勉強しているのか、何を目指して努力しているのかにはほとんど影響がありません。
そこに、大きな影響を与えているのは、小学高学年で出会った本やテレビ等を通して知って憧れた人などです。あるいは医者やパイロットなど憧れを持った職業です。その意味では、実は小学校の高学年の時期が人生を大きく左右しているのです。
中学になると学校の定期テストで序列ができ、成績が悪いと夢が描きにくくなります。体育系のクラブ活動で、先輩に比べ活躍できないと夢が描きにくくなります。しかし、小学高学年では、まだ自分の能力もわかりませんし、序列が付くことも少ないので夢が描きやすいのです。この夢を持つことで、夢に向かった努力が始まり、中学生になった時、人に一歩先んじていることで夢を維持できるのです。その意味で、「小学生の魂百まで」と言う方が、人生を決めると言う意味では適切ではないかと思うときがあります。
野球のイチローが、そして、スケートの浅田真央が、小さい頃からご両親の指導のもと練習に励み、日本のトップ選手になったことは有名です。体育系の選手ではこのような例はたくさんあります。このような育て方も一つの道だと思います。しかし、普通はなかなかできることではありません。
一方、勉強の世界では、天文学者になるため、物理学者になるために小さい頃から特訓を受けていたと言う話はあまり聞きません。小さい頃から虫に興味を持っていて昆虫学者になる人もいるかもしれませんが、勉強の分野では広く興味関心を持ち、成長と共にだんだんと領域を絞り込んで行くというのが普通だと思います。ここでは、この後者の例に沿った子育てを考えて行きたいと思います。
私たち大人のほとんどは、そんなに変わり映えのない毎日の生活を送っています。今日も昨日と同じ生活、今年も去年と同じ生活を送っています。そしてそれを、幸福だと感じます。日々の生活を維持できることが大切なのです。大人の生活者としての生き方です。
しかし、大人でもエベレストの登頂を試みたり、太平洋をヨットで横断したり、天文学の謎を解明することに一生をかけている人もいます。今まで誰もやったことのないことにチャレンジしている人達です。もっと身近で言えば、自分の会社の商品をアジアのマーケットに売り込もうとしている人、今までの仕事の仕方をもっと効率の良い仕事の仕方に改良しようとしている人も現状を変えようとしているチャレンジャーです。
なぜ、この場で、唐突に、このような話を持ちだしたのかというと、大人はほとんどが生活者としての考え方を持っていますが、子どもはすべてチャレンジャーでしかありえないからです。子どもたちは、まだ自分が定まっていなくて、今からどのような自分を作って行くのか、そのために何をすればいいのかを考えて、そのなりたい自分になるために努力していかなければならないのです。生活者にはなれないのです。存在そのものがチャレンジャーなのです。全ての人が、安定した仕事や生活を得るまではチャレンジャーだったはずです。就職試験を受け入社するというのも、どの会社の就職試験を受けるのか、その試験に受かるためにどのような努力をするのかを考えたはずです。結婚だって大きなチャレンジです。この人と結婚していいのか、恋愛結婚であっても、最後は大きな迷いをふっ切り決断したはずです。
子育ての失敗は、子どもがチャレンジャーでしかありえないということをご両親が自覚していないことから始まる場合があります。子どもたちがチャレンジャーでしかありえないのに、生活者である保護者が、生活者としての価値観を子どもに押しつけていることが多く、子どもの成長にマイナスに働いているのです。
少し具体例をあげてみます。例えば、子どもが、「自分は歌がうまいから歌手になりたい。」と言ったら皆さんどう答えますか。「それはすごいね。がんばりなさい。」と言う親はほとんどいません。「何をばかなことを言っているの。なれるはず無いでしょう。それより学校の勉強を頑張りなさい。」と言う親御さんが圧倒的に多いと思います。これが、子どもに生活者の価値観を押し付けることです。歌手になりたくて頑張ることが、例え歌手になれなくても子供を大きく成長させます。それを諦めさせて、勉強させても、勉強の成果はたいしたものにはなりません。チャレンジしなければ、子どもの能力は引き出せないのです。子どもの限界にチャレンジさせない限り、子どもがどれだけの能力を持っているのかは分からないのです。そして、子どもの能力の限界にチャレンジさせるには子どもがやりたいことをさせるしかないのです。
子どもに生活者の価値観を押し付けるのは、親の愛情表現のひとつです。大成功するよりも失敗をしないで幸せな人生を送ってほしいと言う親心です。しかし、子どもの人生を親が作ってあげることはできません。例え、親が大会社のオーナーで、子どもにその会社を継がせたいと思っていても、その会社を継いで幸せな生活を送れるかどうかは子どもの能力と努力にかかっています。
人は、やりたいことは頑張れても、やりたくないことは頑張れないものです。子どもが幸せになるために大切なことは、子どもがなりたかった大人になるために頑張ってきたかにかかっています。なりたくない大人にはなれないのです。例えなれたとしても、幸せはつかめないでしょう。
親が医者で、親の病院を継がせるために無理やり医者になるための勉強をさせられて、頑張れず、成績も上がらないという子どもがいます。そのような子どもに、「自由に自分の人生を考えてごらん。」と言うと、その子どもが選択した将来の道が何であれ、子どもは元気になり、勉強を頑張れるようになります。
意外なことに、あれだけ嫌だと言っていたのに、強制から解放されて自由に考えて、結局医者になることを選ぶという場合もあるのです。冷静に考えれば、病院が有り、医者になってその病院を引き継ぐことは誰かがやるべきことなら、それには自分が一番適任だということになるのです。
そうなると、勉強の姿勢が大きく変わります。顔色も変ります。暗かったのが、元気で明るい顔に変わるのです。当然、成績も上がり始めます。子どもに考えさせたら、医者の道を目指し頑張れるのに、その他の道を選ぶのではないかと恐れて、医者になる道を決め勉強を強制したから、医者になる学力も付けられなかったのです。子ども自身が自分で医者になる道を選んだら、子どもの力が最大限に発揮できるのです。
親の愛情表現が悪いのではなく、親の愛情表現の仕方に問題がある場合もあります。子どものためと思って、子どもにあれこれと指示をし、子どもの進むべき道までも考えてあげる親の愛情表現は問題を抱えてしまうことが多々あります。
子どものやるべきことは子どもに考えさせ、子どもの未来は子どもに決めさせるしかないのです。確かに、それは難しいことですし、とても不安になることです。特に、今、勉強もしないで遊んでばかりいる我が子を見ればなおさらです。しかし、そういう時でも強制して何かをやらせるよりも放っておいた方が無難なのです。
親に管理された子どもよりも、放任された子どもの方が強くたくましい子どもに育ちます。放任された子どもの方が将来伸びる可能性は大きいのです。
「子どもはいつまでも子どもではいられない。子どもは未来の自分を作って行かなければならない。そして、そのために親がしてあげられることは何もない。」このことをまず、ご両親が自覚される必要があります。子どもになりたい自分を発見させるしかないのです。
そのために、ご両親は方向性を決める良きアドバイザーになることが重要なのです。
中学生の反抗期は、親に逆らい自分で自分の道を考える時期です。高校生の思春期は、自分が向かうべき人生を考えて決断をしなければならない時期です。だから悩むのです。
小学高学年の時期は、反抗期や思春期のような特徴的な行動は見られませんが、実は自分の将来に夢や憧れを育てる大事な時期なのです。ここで、重要なことはなれるかどうかではありません。夢を持てるかどうかです。なりたい自分を発見できるかどうかではありません。なりたい自分について考えられるかどうかが重要なのです。なれるかどうかについてご両親が心配することはありません。反抗期、思春期を通して、子どもは現実的になって行きます。そして、なれるもの、実現可能性があるものに自分の道を絞り込んでいきます。小学生の間は、夢は大きい方がいいのです。
親の生活者の価値観を押し付けるのは良くないと書きましたが、価値観を押し付けることができる親はむしろ幸せな親です。
もっと心配なのは、子ども自身が生活者になってしまっている場合です。先のことも何も考えずに、いつまでも小学生で居られるような錯覚を起こしている子どももたくさんいます。
今日の学校の勉強と宿題に追われて、それ以外のことを考えられない子どもです。元気が無く、笑顔が少ない子です。
しかし、これも生活者の価値観を押し付けた結果そうなったのです。子どもに考えさせず、親の指示のもとに動かされて来た子どもなのです。
子どもは、本来興味関心に溢れ、元気に溢れているものです。未知の世界に降り立った冒険者なのです。それを、日々の生活に追われるご両親が、どのような子どもに育てたら良いか分からないまま、とりあえず学校の成績ぐらいは良い成績をとっていて欲しい。そうすれば、将来は何とかなるだろうと目先だけの考えで行動した結果なのです。「今、良い子であって欲しい。」と考えた結果です。「今、良い子」は将来の「良い大人」になるわけではありません。大事なのは、今、「良い子」であることではありません。将来幸せな生活を送れる大人になれる力を育てることです。
そのために、最も大切なことは、いろいろなことに興味関心を持ち、自分でものを考えられる子どもに育てることです。教育とは、「大人に頼らずに生きて行く力を付けること」です。ですから、親の言うことを素直に聞く子どもは、将来が心配なのです。親の言うことを聞かず、自分であれこれ行動したがる子どもこそ安心ではないでしょうか。
子どもが、自分の人生を切り開いていくには、いろいろなことに興味関心を持ち自ら学ぶ心、チャレンジ精神旺盛で元気な明るい性格、夢や憧れが持てる心、夢や目標に向かって頑張れる心が大切です。そのような心を持っていれば、自ずと国語も算数も成績が上がるものです。いや、今は上がらなくても、いつでも成績を上げることができます。
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