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細い木々の間から木漏れ日が
射しこむ山の頂上に
ふくろうのクロと一緒に住むトーラは
村で唯一の優れた魔女でした。
ところが、彼女の元に訪れる人は
そう多くはありません。
なぜなら、トーラはいつも
クモの巣のように絡まった
白い髪に象の皮にすら見える汚れた服装、
薬草作りでひどく荒れた肌を
していたからです。
そして今日も、
彼女の古く薄暗い小屋の中では、
大きな漆黒の鍋が天井からつるされた
不思議な植物の下で
ぐつぐつと音を立てているのでした。
その時、コンコンとノックの音がして
トーラはきしむドアを開けました。
「やあ、トーラ」
若々しい緑の森を背に、そこにいたのは
ふわふわした茶色の毛を持つクマでした。
「あら、あんたまた来たの。
今度はいったい、何の用よ?」
クマは部屋の中で煮える大鍋の中身を
不思議がっていましたが、
のんびりと言いました。
「僕の友達が喉の調子が
おかしいって言うんだ。
合う薬をもらえないかなあ?」
「はい、はい。お安い御用さ」
すると、部屋の中の大鍋が
ボコボコと怪しい音を
立て始めたため、
小屋へと戻って行こうとするトーラを
クマが呼び止めました。
「そうだ。今日はひとつ、
ニュースがあるんだった。
山を下りた村の大通りに、
トーラと同じくらいの年の
魔女が住み始めたんだってよ」
「へえ〜、魔女が……」
トーラは特に
驚くこともしませんでした。
今まで村に魔女がいたこともありましたが、
大抵はトーラと似たような生活を
しているため、
上手くやっていけるだろう……
と軽く考えたのです。
「それじゃあ、
ぜひ腕前を見せてもらわなくっちゃね。
今度、会いに行ってみることにするわ」
そう言い残すとトーラは慌てた様子で
小屋へと戻っていきました。
そしてドアを開けた時からは
想像もつかなかったような速さで、
ガタガタと音を立てていた大鍋の蓋を
開けましたが、
彼女は大きくため息をつきました。
「あ〜あ、失敗だ。
まったく、あのクマが
もうちょっと後に来てくれれば
目を離さずにすんだのに…」
そうブツブツいいながら、
すでにクマの姿はない入口を
にらむばかりのトーラでした。
次の日、
トーラは重い病気にかかった村の人の元に
来ていました。
狭い家の中で、ひとりの老人が苦しそうに
息をしています。
トーラが薬を調合し、
治癒(ちゆ)の魔法を使いながらも、
いっこうに良くなる気配がない
彼の病気をどうしたものかと
頭を悩ませていました。
それでも、
出来るだけのことはしてあげようと
彼女は精一杯魔法を使い、
例えどんなに苦(にが)くても
良質な薬を作っては
置いていく日々でした。
しかし、また少し日を開けて彼…
アレクの元を訪れた時、
トーラは彼の様子を見て
「えぇっ?!」
と声をあげました。
なんと体を起こすことも出来なかった彼が、
ベッドの上に座り本を読んでいたのです。
「一体何があったの?!」
喜びながらも驚くトーラに、
アレクは笑いながら言いました。
「メドラが来てくれて、
なんだかよくわからないけど
凄い薬と魔法を使ってくれたんだ。
おかげで今はかなり良くなったよ」
「ふーん……まあ、でもよかったわ。
一応、この薬も飲んでおいて」
そう言って治癒魔法をかけ、
薬を置いたトーラは首をかしげながら
アレクの家をあとにしました。
メドラって……
一体何者なのでしょうか。
それからしばらくの間、
アレクの元を訪れたものの、
もう彼はトーラの薬が
必要ないくらいまでに
元気になっていました。
軽い買い物くらいのことなら
外を歩けるようになった彼の噂は、
メドラの評判とともに
もう村中に広まっていました。
「メドラって凄い人なのねえ」
トーラはそうつぶやいたものの、
なんだか自分が負けてしまったような、
少し悔しい気もちが心のすみに
引っかかっていました。
それから何日かたったある日、
トーラは薬やハーブを使った食べ物を
届ける約束をしていたフクロウや
動物達の元へと向かいました。
ところが、
最初にフクロウの家に訪れると、
彼は言いました。
「うーん、
もうメドラにいい薬を
作ってもらったんだよね。
だから今日は、
君からの薬はいらないかな。
ごめんよ!」
まあしょうがないか……
そうしぶしぶと引き返したトーラは、
次の届け先、
シカの家へと向かいました。
すると、シカは
トーラとの約束をたった今
思い出したような口ぶりで
言いました。
「ああー、
そういえば君とも約束したんだっけ!
でもメドラとも約束してしまったんだ。
近々もらう予定だから……
君からは当分いらないよ」
さすがに腹ただしく思ったトーラは
言い返します。
「でもあたしの方が
先に約束していたじゃない!」
「そうだけど……
まあまたの機会にね。それじゃ!」
そう言って、シカは去ってゆきます。
怒ったトーラは頬を膨らませ、
荒い足どりで
村に住むリボンをつけたウサギの元へ
向かいます。
そして商店街で
そのウサギを見つけたトーラが
口を開きかけた時、
パッとウサギが
そっぽを向くように横を向きました。
「あっ、メドラさーん!」
「ちょっと!」
いい加減頭に来たトーラが
何か言おうとした時……
ふと視界に金の波のような明るい金髪が
風にふわりと飛び込んできました。
ウサギが向いた方向へと
振り向いたその先で、
柔らかく膨らんだドレスのような服のすそが
ひるがえります。
そして同じように、
しかし優雅に振り向いた、
泉のような青くどこまでも
透き通った瞳と目が合いました。
それがメドラなのだと
一目でわかりました。
驚いたことに、
メドラはトーラを見ると
あっと顔を輝かせて駆け寄り、
鳥のさえずりのような声で言いました。
「こんにちは!私はメドラよ。
あなたが森の魔女さんね?
会えて嬉しいわ!」
「あ……あんたが魔女?」
メドラは魔女というよりは
エルフや妖精のようで、
トーラは目を疑いました。
こんなにも綺麗な魔女がいるなんて、
生まれて始めて知りました。
メドラはトーラの手を取って
天使のような笑顔で笑います。
「ねえ、これからよろしくね!」
「……ええ」
トーラは思わずうつむいてしまいます。
同じくらいの年の魔女だというのに、
彼女とみずぼらしい自分では
あまりに不釣り合いで
恥ずかしく感じられたのです。
村人達の視線が痛く、
さっと手を離したトーラはメドラと別れ、
動揺する心を隠し何事もなかったように
来た道を歩いてゆきました。
ところが、ふとどこからか村人達の会話が
聞こえてきたのです。
「まさか、あんなに美しく性格もいい、
素敵な魔女がいるとはねえ。
あの薄汚れた魔女とは大違いさ」
「そうよね!もうメドラが居れば、
あの魔女はいなくても
いいんじゃないの?」
それが本当に誰かが
言ったものだったのかはわかりません。
けれども、今のトーラには
そう聞こえたのでした。
その言葉はトーラの心に突き刺さりました。
(……何よ) 噛んだ唇には血が滲みます。
(メドラと比べて、あたしは役立たず?
だから村を出ていけなんて冗談じゃない)
せめてもの抵抗で、
「トーラさん、また会いましょうね」
と手をふるメドラには答えず、
トーラはつぶやきました。
「ならば、あたしだって負けていられない」
呑気に鉢植えをしていたクマが、
そんなトーラの様子を少しだけ
心配そうに見ていました。
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