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TOPほのちゃんRoomこちら創作:空とライオン 第5章最終更新

 

 

創作:空とライオン 第5章最終更新

森の生き物たちの連載創作物語です。

左のイラストは ほのちゃん作です。

第5章 「どうなる?ソラとレオの未来…」
をお楽しみ下さい。

5章の写真…???
どこか変よね? わかるかしら?(ニコ)

リビングストンエボシドリとガゼルの描写絵は安藤作

対 象

実施日

空とライオン

第1章 ライオンとガゼルの出会い その1

果てしないサバンナの夜空には、
沢山の星が浮かんでいます。
そんな中、枯草が残る丘の上に
一匹で佇むのは、
年老いた大きなたてがみの
ライオン、レオでした。
彼の前には、
血を流した若く美しいガゼルが
倒れているのが
闇の中でもわかります。
けれど彼は狩りが
成功したというのに、
ただ悲しそうな眼差しで
倒れた獲物を見つめるのでした。
「……殺したくなんてなかったよ」
小さく呟いたレオの寿命も、
恐らくもう長くはありません。
もう生きるために
わざわざ若い命を奪う必要なんて
レオにはないのでした。
「俺……もう、狩りはしない」
自分の残り僅かな寿命が
尽きるのを、ただ待つよ……
レオはそっと倒れたガゼルに
誓(ちか)います。
ずっと一人でサバンナを歩いて、
他のライオンや動物達から
嫌われてばかりの人生でした。
小さな流れ星が、
大きな夜空を落ちてゆきます。
レオの好きなしし座も、
今にも空から落ちてしまいそうです。
たてがみに当たったガゼルの匂い、
干し草のような
甘い匂い……を乗せた夜の風は、
とても冷たく感じました。
(俺も星になれるかな、でも無理かあ)
夜空や星を美しいと思う
自分の心はずっと、
若い時から変わっていないのに、
体ばかりが衰えてゆきます。
いくら百獣の王と呼ばれるライオンも、
過ぎ行く時にはあらはええないのです。
その時、突然レオは立ち上がりました。
そして静かな、
果てしないサバンナの真ん中で、
空を見上げて大きく吠えたのです。
それは力強くも、どこか悲しそうな、
ライオンの叫びでした。
レオの声が、
大きな大きなサバンナに響きます。
ああ、こんなにも星が綺麗なのに、
どうして夜はこんなに暗いのでしょう。
更に沢山の流れ星が降り注いでも、
答えは見つかりそうにありませんでした。
レオの声は誰にも届きません……
いえ、どこかで一匹のガゼルが
立ち上がりました。

次の日、
レオは自分よりも高く生えた草の中に出来た、
土がむき出しの獣道(けものみち)の中を
歩いていました。
草の隙間から照りつく太陽は容赦なく
彼の残り少ない体力を奪ってゆきます。
大きなバッタが
横から飛び出してきたかと思うと、
レオを飛び越えて
反対側の草むらへと消えました。
レオはうっとうしいほどに
飛び交う虫たちの群れを
避けるようにして歩いてゆきます。
その時、
道の遥か先に茶色の陰が見えました。
レオは息を飲みます。
すると、しげみの中から、
姿を表したのは
やせ細ったガゼルの子でした。
(別に食べはしないさ)
特に気にも留めず、
レオはただガゼルの子を
そっと見つからないように
眺めていました。
ところが、すぐにガゼルの子の近くで、
不自然に動いた草に眉をひそめました。
そして気がついたのです。
森のように長い草の中に
潜んでガゼルの子を狙う、
三匹のハイエナに。
けれど、獲物なら
他に沢山いるはずです。
わざわざ幼く弱いガゼルを
食べる必要はありません。
あのハイエナ達は
ただの楽しみのために
ガゼルを狙っているのです。
意地悪なハイエナ達の笑い声が
聞こえてくるようでした。
ガゼルの子は忍び寄る危険に
気がつく様子はありません。
ハイエナは今にも襲いかかろうと、
よりっそう体制を低くします。
あの幼いガゼルは、可哀相にも、
殺されてしまうのでしょう……
 ……もう放っておけませんでした。
気がつけば、
レオは重い体を持ち上げて
駆けだしていました。
驚いた鳥達が数羽、
鳴きながら飛び去ってゆきます。
レオは地を蹴って、
草をかきわけて、
風を巻き起こしながら
ハイエナ達目掛けて走ります。
そして獣道の中、
だんだんと近づいてきた
灰色の姿に向かって、
レオは吠えました。
「やめろよ!」
突然現れた大きなライオンに、
振り返ったハイエナ達が
顔をひきつらせます。
ハイエナに気がついた
ガゼルの子は、
更に近づいてくるライオンを見て
更に震えあがりました。
しかし、その時、ハイエナの一匹が
ちょうどガゼルの子に
飛びかかったのです。
ガゼルの子が
声にならない悲鳴をあげます。
噛まれる!誰もがそう思った瞬間、
レオはありったけの力をこめて
ハイエナを突き飛ばしました。
ハイエナはみっともなく
草をなぎ倒しながら地面に転がります。
レオはハイエナ達をキッと睨みつけました。
自分より弱い動物を助けようと
思ったことなんて、
これが初めてのことでした。
「なんだよ、レオ」
見ていた別のハイエナが
不満そうに言いました。
「お前だってちょっと前まで、
ガゼルの狩りを楽しんでいたじゃないか」
レオは少し言葉に詰まります。
確かにずっと昔はそうでしたが……
「もう今は違うさ。それに何匹もで、
楽しみのためにだけ
まだ小さな子どもを襲うなんて、
卑怯(ひきょう)だろう」
レオがそう強く言っても、
ハイエナ達は聞く耳を持ちません。
距離を取ったライオンとハイエナ達は
にらみ合いました。
穴の中から茶色のトカゲが
面白そうに見物し始めます。
「そんなこと知るか。
だって震えている獲物を見ることほど
楽しいことって、他にないぜ」
「そうだ、そうだ」
ハイエナ達が声を合わせます。
けれど、ゆっくりとレオは
怯えるガゼルの前に
立ちはだかりました。
「早くどこかに行けよ。
食べ物なら他に沢山あるはずだ」
そう言った彼の凄みのある声には、
ハイエナ達に比べると
断然(だんぜん)迫力があります。
いくら年老いたライオンと言っても、
その力は侮れるものではありません。
勝負をする前から、勝者は明らかでした。
……ハイエナ達は小さく舌打ちをすると、
しぶしぶとガゼルに背を向け、
しっぽをおとして去っていきました。
ケンカが見たかっただけのトカゲも、
残念そうに土の中に戻ってゆきます。
どこまでも続く道の奥へと
見えなくなってゆく、
ハイエナ達の後姿を
レオが目で追っていると、
ふと一匹のブチ模様のハイエナが
振り返りました。
そして、逆光のなか、
まるでレオをずっと前から
知っていたかのように言いました。
「お前、どうしたんだよ」
それは、精一杯の捨て台詞。
そうしてハイエナ……ブチは
しっぽを落としてどこかへと
消えてゆきます。
あとには踏みつけられた
草だけが残りました。


目の前に立つライオンの
大きな背中に見とれるように、
ガゼルの子はただそこに
佇んでいました。
すると、大きなたてがみが
揺れたかと思うと、
ライオンはゆっくりと
こちらを振り返ったのです。
そのどこまでも深く、
優しい瞳に見つめられ、
目の前にいるのは
ライオンだということも忘れられて、
長い睫毛(まつげ)にクルリと巻いた
しっぽのガゼルの子は
こわばった心がほぐれるのを感じました。
「どうして、助けてくれたの?」
まるでこの草原に生える
すべての草が詰まったようなたてがみが、
葉の隙間から射しこんだ太陽の下で
揺らめきます。
ライオンとガゼルの子の目が合いました。
その時、ガゼルの子はこれからの未来が
大きく変わっていくような気がしました。
「気にしなくていいさ」
温かみのある大木のような声が
聞こえました。
ガゼルの子の耳が優しい風に
なびきます。
「俺は、もう誰も食べないって決めたんだ」
けれどそう言った声は、
どこか寂しそうでした。
まるで沢山の経験が
そうさせてしまったように。
「ほら、もう群れに戻れよ」
まるで会ったことのない
父のように優しいライオンは、
そう言いました。
けれど、その言葉にガゼルの子は
言いました。
「無理だよ。
だって仲間も、家族もいないんだ」
そう言った声は細く、
草のざわめきに溶けてゆきます。
ライオンは何も言いませんでした。
ただその眉を悲しそうに下げて、
口を引き結んだだけでした。
そしてゆっくりと
ガゼルの子に背を向けて、
揺れる草の中に遠ざかって行きます。
その後ろ姿は、今引き止めなければ
どこかへ消えてしまいそうな気がして、
ガゼルの子は大きく息を吸い込んで、
叫ぶように言いました。
「待って、ねえライオンさん!
ついていってもいい?」
ライオンは立ち止まりました。
駆け寄ってきたガゼルの子を
しばらく見つめていました。
そして、静かに言ったのです。
「俺の名前はレオ。おまえは?」
ガゼルの子は力が抜けたように
笑顔になりました。
ライオンもつられたように微笑みます。
「ソラ、お母さんがつけてくれたんだよ」
今、とても大切なものに
巡り会えた気がしたのは、
二人とも同じだったことでしょう。
そうしてガゼルの子、
ソラとライオンのレオは
草に囲まれた道を、
共に歩み始めました。

沈みゆく太陽の光が空を染める頃、
レオはソラと大きな泉に来ていました。
そして、やせ細っている体で
水辺ではしゃぐソラを
見守りながら、
ふと自分の手元を見つめました。
今まで、この手で沢山の動物たちを
襲ってきてしまいましたが、
最後に、最後に小さなガゼルを
一匹だけ救う時間は
残されているのでしょうか。
きっと、まだあるはず。
そう信じて、頷いて、
レオは夕陽を見上げました。
それは今まで見たなかで、
一番輝いて見えました。
「ここの水はとってもおいしいね。
草も沢山!」
歌うように軽やかな、
ソラの声が耳に届きます。
そっと踏みしめた地面にはまだ、
温かみがあります。
「こんな素敵な所、初めて来たよ!
あんな大きな鳥だって、初めて見た!」
生い茂る水草の近くで
くつろぐ鳥たちに手を振りながら、
ソラがこちらを振り返ります。
「うん、よかった」
そう言ってレオは笑いました。
きっと、かけがえのない太陽は、
この始まったばかりの
日々を見守ってくれることでしょう。
レオは重い腰をあげて立ち上がると、
真っ白な鳥たちが飾る金色にきらめく泉へと、
その前で夕陽に照らし出された
贈り物のようなソラの笑顔へと、
歩いてゆきました。

第1章 ライオンとガゼルの出会い その2

それからの日々は、
まるで夢のようでした。
なんども太陽の日が空を照らしては、
西の向こうを周って
またこのサバンナに昇ってきます。
レオも狩りはしなくとも、
こっそりと他の動物の食べ残しなどを
食べたりなどはしていました。
そして今にも消えてしまいそうだった
ソラの毛の色は、
あまり変わらなくとも
少しだけガゼルらしいしま模様が
見えるようになりました。
そして、ソラはふと乾いた地面に咲いた
一輪の花を見ては言うのです。
「ねえ、このお花なんだか
レオに似ていると思わない?」
苦笑したレオは、
そっと首を横に振ります。
「花の方が何倍も素敵だよ。
そこにあるだけで誰かを幸せに出来る」
「そうかな?
でも花ってそこにあるだけでしょ?」
ソラはぴょんと飛び上がりました。
「レオの方が素敵だよ!
だって困っている動物達を
助けてあげたり、
とっても優しいもん」
「……そんなことないよ」
けれども、
そう言って俯(うなず)くレオを
ソラは不思議そうな顔で
見つめるのでした。
夜だって、
二人でいればもう怖くも寂しくも
ありません。
夏の終わりの夜空に輝く星は、
もう落ちることなく
希望の光のように
二人を照らしていました。
「夜空が綺麗だ」
「星が沢山!」
その瞳にも小さな星の光を宿らせて
ソラは言います。
レオの瞳にも夜空の灯りが
映っているように見えました。
「あの星は、しし座。
俺たちライオンの星だ」
レオが、星のひとつを指さして
言いました。
それはライオンなら
みんな大好きな星です。
「わあ、すごいね。ガゼルはないの?」
そう子供らしい口調で聞いたソラに、
レオは首を捻(ひね)りました。
「うーん。
でもソラの名前の空があるから、
星は全部あるんだよ」
レオはガゼルがいるから、
それを食べる動物たちが
いることを知っています。
上手く言葉には出来なくても、
『それは空と星みたいだ』
と思ったのです。
「ふーん」
けれども、まだ小さなソラには
わからなかったようです。
でも、今はその方がいいかもしれません。
その代わり、ソラが聞きました。
それはどこか不安に、夜の中で響きます。
「ねえ、レオ。
これからもずっと一緒にいていい?」
レオはふわふわと漂う
夢から覚めたような気がしました。
それは、残念ながら無理なのです。
「……そう、出来るといいな」
その言葉が
今にも落ちそうな星に届くことを願って、
そう答えておきました。
ソラとレオは再び、
サバンナの大自然から、
美しい景色を見上げました。
「星と夜空、とても綺麗だね」
「うん、とっても」
二人がライオンとガゼルでも、
レオとソラの心はずっと一緒です。
そう、ずっと。

第2章 キママ、真実、いざ西へ!その1

ある日、
森の近くを散歩していた二人は、
緑色の木の上にひときわ目立つ鳥を
見つけました。
まるで甘い若葉のような毛色に、
瑠璃色(るりいろ)の羽、
小人の帽子のような とさか があります。
「珍しい鳥だな」
レオが感心したように言いました。
「そうなの?」
「ああ。確か名前はリボンク……
うーん思い出せない」
「じゃあ、聞いてみよっか!」
パッと可愛らしく口を開けて、
ソラはレオが止めるのも聞かず
いきなり言いました。
「綺麗な鳥さんこんにちは!
何してるの?」
「んー?」
面倒くさそうに、
赤い目元をした鳥がこちらを向きます。
「それはどーも。別に、何もしてないさ」
「お名前は?」
そう聞くと、鳥は突然羽を広げて
おかしなポーズをとりました。
「あたしはここらの鳥の中では
一番美しいと言われている、
リビングストンエボシドリ!」
ずいぶんと長い名前です。
とても一度では聞き取れなかった
レオとソラは
わからないように首を傾げました。
レオが話をそらします。
「あまり見ないが、
どこに住んでいるんだ?」
「どこにも住んでない」
「どういうこと?」
つぶらな瞳で質問を続けるソラに、
リビングストンエボシドリ……は
ため息をつきました。
「あたしは鳥、あんたらとは違うの。
ひとりで自由気ままに、
好きな時に好きな所にいるの。
それだけ!」
「へ〜、それもいいなあ」
今まで一人がいいことなんて、
考えたこともありませんでした。
その時、彼女がさらりと言いました。
「そういうあんたの仲間は、
西の方でよく見るけどね」
「え?西?!」
ずっと仲間が欲しかったソラは、
すぐにその話に食いつきます。
けれども、オレンジ色の
くちばしの彼女は、
ふわりと宙に舞い上がると
そっけなく返しただけでした。
「そ、西。じゃーね〜!」
「あ、待って!もっと教えてよ!」
「待て!
西のどこにガゼルがいるって?!」
けれども、
自由気ままな彼女は吹いてきた風と共に
どこかへと飛んで行ってしまいました。
「あ〜あ」
残念そうな二人の声が揃っただけでした。

それからまた平和な日々が
過ぎてゆきました。
夜空を見上げても
しし座はちゃんと輝いています。
もう落ちる心配はしなくて
よさそうでした。
サバンナに生える草は、
さざ波のように穏やかな風に
揺られています。
遠くに見える山々の上からは、
再び太陽が昇ろうとしていました。
そんな朝日を眺める二人の後ろには、
ずっと遠くから続く足跡が残っています。
それは形や大きさが違っても、
ともに彼方を目指して歩く二人の、
絆の足跡。
たとえ見えなくても、
この先どんなことが起ころうとも、
この足跡は消えることが
ないように思えました。
その時、二人の前を
二羽の仲良しウサギが
通り過ぎてゆきました。

第2章 キママ、真実、いざ西へ!その2 最新号

(いつの間にかレオが誰も襲わないのは
様々な動物達に知れ渡っていました。)

「あ、ウサギ」
ソラが言いました。
自分と同い年くらいに見える
二羽のウサギは、
楽しそうにじゃれあって、
転げまわって
キャハキャハと笑います。
「楽しそうだね」
元気のないソラの様子に、
レオが聞きました。
「どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
ソラは、この辺にはもう恐らく
ガゼルは住んでいないのだと、
わかり始めていたのです。
あまりおいしい草がないせいか、
肉食動物が多いためなのか、
みんな西の大地へ
移動してしまったのでしょう。
ここの土地ではずっと前、
一度だけ大きな角のガゼルを
見かけたきりでした。
ソラは、どこか大人びた口調で
飛びまわる鳥を
見上げて言いました。
「このサバンナはもっと、
ずっと広いんだろうな」
「いつか見てまわるといいさ」
いつの間にか
太陽が再び辺りを温め始めます。
レオは俺のことなんて忘れて、
とも言おうと思いましたが、
それはなんだか
無責任な気がしてやめました。
「そうだなあ。
あ、でもその前に僕も、
レオみたいに強くならないと」
そう言って頷いたソラは、
小さくとも もうやせ細った
ガゼルではありませんでした。
それに比べてレオは
どんどん力がなくなってきている
気がします。
そして、その時ふと漂ってきた
干し草のような甘い匂いに、
レオは胸がドキリとするのを
感じました。
何故でしょう。
なぜかこの匂いを
どこかで嗅いだことがある
気がしたのです。
自分のすぐ口元で、
尖った爪にも残った匂い……
でも、そんなことはあるはずないのに。
でも、ソラがどこかへと旅立つ日までは
ちゃんと見守っていようと、
レオは不安が引っかかったままの
心に決めました。
遠くでは、
ブチが美しい毛並みのハイエナと
何かを不満そうに話している影が
見えました。
泉のほとりで休んでいると言った
レオを残して、
今日は、ソラは近くの乾いた砂の上を
歩いていました。
そして、そこで見つけたのです。
水をつつく緑と
瑠璃色の美しいリビン…鳥さんを!
「この間の鳥さん!」
ソラは明るく話しかけます。
あれからずっと気になっていたことが
あるのです。
けれども、
前とまったく変わらない口調で
彼女は言いました。
「鳥じゃなくて
リビングストンエボシドリ、
どーも」
「う〜ん、
種類じゃなくて何かあだ名とか、
君の名前とかないのかい?」
「ない」
「じゃあ、僕がつけてもかまわない?」
「お好きにどうぞ」
「えっと……そうだなあ…
自由気ままが好きだって
言っていたから、キママは?」
「センスがないわねえ」
え〜、と言ったソラは
どうでもいいことを
長々と話してしまっていることに
気がついて、
慌ててピンと背筋を伸ばしました。
「それよりさ!
西に僕の仲間がいるって
言っていたよね。
もっと教えてよ!」
「え〜、なんでよ?」
「ただ、知りたいんだ。
僕が知らない世界のことを!」
すると意外にも、
キママはひたひたと
ソラの元へと歩いてきました。
「まあ、いいわ。
気が向いたから話してあげる」
「わーい!」
キママは思わず飛び上がった
ソラよりも、
高い所にある枯れ木に
飛び乗ると語りだしました。
別に彼女が
特別話が上手なわけではないですが、
ソラの頭の中には
その光景が浮かんでくるようでした。
広い緑の大地で
のんびりと草を食(は)むガゼル達の群れ、
優雅に夕焼けを飾るキリン達の影、
澄んだ青い空の下で
くつろぐピンクのフラミンゴ達……
他にも、
キママは気の向くままに
沢山の話をしてくれました。
春、好きな女の子のために力比べをする
若いガゼル達の青春(せいしゅん)物語、
ある夏、
西の大地の近くの森で暮らすサルが
木の実を取ろうとして木から落ちた話や、
何故か大雪が降って
辺りが真っ白になったある冬の話……
聞けば聞くほど西の大地への憧れが
大きくなっていきます。
そして一番話が盛り上がった所で、
キママは太陽を見て言いました。
「……話すぎた。
今日はなんだか暑くなりそう。
あたしはちょいと東の方に行ってくる」
「もう!?」
驚いたソラはすぐに言いました。
「あ、あともう一つだけ」
「この土地に、まだガゼルはいるの?」
それを聞いたキママは
考えるように首をかしげたあと、
言いました。
「もういない」
その言葉に、
ソラは小さく肩を落とします。
正直に答えただけのキママは
それには目もくれず、
ふわりと飛び立ちました。
「じゃあね、また会えるかもね〜」
「え、ちょっと……」
でも、ソラは
すぐにピョンと飛び跳ねました。
そしてクルリと後ろを向くと、
スキップするようにレオの元へと
駆けてゆきました。
名案があったのです。
「ねえ、レオ!レオ!」
たてがみに寝ぐせをつけたレオが
顔を上げます。
「一緒に西へ行こうよ!」
まだボーっとしているレオの前で、
ソラは口を開けたまま
ピョンピョンと飛び跳ねます。
けれども、
辺りがとても静かなことに気がついて、
なんだかとても間抜けなことを
しているような気がしてやめました。
「西へ?」
やっと目を開けて、
レオは虫を追い払いながら
そう聞きます。
「うん。大きな川を超えた西の大地には、
沢山のガゼル達が住んでいるらしいんだ」
ソラは、たった今キママから聞いたことを
ほぼそのまま話しました。
いえ、実際は話が
かなり大きくなっていたのですが、
そんなことは知らずに。
「……それで、西の大地で
ガゼルの仲間たちと一緒に、
レオと暮らしていきたいんだよ!
いいでしょ?」
長い長い話をやっとのことで
聞き終わったレオは言います。
「いいんじゃないか」
けれども、
顔を輝かせたソラとは反対に、
レオの顔には少し影が射しました。
「だが、俺は行けない」
「どうして?」
そう聞いたソラから、
レオは目をそらして言いました。
「もうそんな体力はないんだ。
それに行ったところで
ガゼル達には迷惑だろう」
木の下で寝そべるレオは
ソラと会ったときと比べると、
だいぶ元気がないように見えました。
「でも……一人じゃ行きたくないよ」
ソラは小さな弱音を吐きます。
初めてレオに連れてきてもらった、
この泉から遠くへと
消えてゆく夕陽を眺めながら。
もう空には夜の色が
折り重なるようにして、
夕焼けの桃色と混ざり合っていました。
「ううん、わかってるんだ」
けれども、すぐにソラは言いました。
「それは一人で行けるくらい、
強くなってからだってことくらい。
だけど、
僕はやっぱりレオと一緒がいいよ……
ダメかなぁ?」
ソラの短い角が赤い太陽に照らされます。
「もちろん、この土地も好きだよ。
でも、それはレオがいるからなんだ」
そんなソラを見上げたレオは、
言うことを聞かない自分の体に、
誰にもわからないように
ため息をつきました。
「……考えておくよ」
けれどもそう答えたのは、
再び漂ってきた甘い干し草の匂い……
いつか血の匂いに混ざって
嗅いだ甘い干し草の匂いが、
心の中に悪い予感の渦を
巻いているから。
それは、
確認しなければいけないほどに。
「太陽が、もうすぐ沈んでしまうね」
逆光で見えないソラの横顔が、
どこか悲しそうに言いました。

次の日の朝早く、
まだ太陽が顔を出す前、
眠るソラを残してレオは
小さな丘に来ていました。
それはいつか、もう誰も傷つけないと
星を見上げて決心したあの丘。
そこに倒れていたはずのガゼルは……
もう、なくなっていました。
しかし、そこにまだ残るのは、
流れて乾いた血と混ざった
干し草のような甘い匂い。
悪い予感は現実となり、
レオの心を冷やしてゆきます。
(だって仲間も、家族もいないんだ……
ソラ、お母さんがつけてくれたんだよ)
ソラの声が青ざめた頭に響きます。
それはそのはずでしょう。
だって、だって……
「ごめん」
レオの瞳の奥から溢れた熱が、
涙となって、
そっと草の上に落ちては乾いてゆきます。
「ごめん、ソラ」
その時でした。
「何をしてるの?」
無邪気な高い声が聞こえました。
ソラです。
レオは慌ててぶるぶると顔を振ります。
「な、なにも。土で、遊んでいただけさ」
けれども苦しい言い訳は、
もうソラには通用しません。
心配そうな顔で、
ソラがレオの顔を覗き込みます。
「どうしたの?」
その残された小さな命に
何をしてあげられるでしょう。
それはきっと、
「ソラ。俺も一緒に行く。
送っていくよ、西の大地まで」
レオの覚悟を決めた声が、
空っぽの丘で響きます。
「本当?!やったあ!」
そんなソラの笑顔は
とても見ていられなくて、
レオは再び泉のほとりへと
歩き出しました。
その後ろを、
軽い足取りでソラがついてゆきます。
さあ、出発はいつになるのでしょうか!

その数日後。
高い岩の上のこちらはブチ、
前にソラを襲おうとして追い払われた
ハイエナたちのグループです。
ハイエナ達も、
獲物が少なくなったので
西の大地へと行くのです。
「おい、あれ見ろよ。レオだ。
ここでは珍しいガゼルの子を連れてるぞ」
一匹が遠くを歩くレオを指さします。
「久しぶりに決闘を申し込むか?」
すると、ブチが言いました。
「そんなことはもう、無駄だ」
「なぜ?」
「あいつは変わってしまった。
ガゼルなんかを、
助けたつもりになっているのさ」
「えぇ……一体何でなんだよ?」
「知らないね。ただ……」
立ち上がったブチは、
岩の上でレオとソラを見下ろします。
「わかったことなんだが、
この間レオが狩ったガゼルの残りを
食べただろう」
「うん、うん」
「あれは、あのチビガゼルの親だ」
「え、ということはつまり?」
「つまり?」
「今レオが連れている奴の、
親を食べたのはレオなんだ」
どっと笑いが起こります。
「キャハハハハハ!これは面白い!」
「なんて滑稽(こっけい)!」
「と、いうことで、
タイミングを見計らって教えてやろう。
あのチビガゼルに、真実を」
「がってんしょうちー!」
「面白そう。
レオはどんな反応するだろうなあ!」
と、話しているハイエナ達を
二匹は知りません。
緑と瑠璃色の鳥が何気なく
空を飛んでゆきます。
ちょうど、
夜明けが始まったところでした。
二匹の長い旅が、始まります。

第3章  森を抜けて、もう少し!

レオとソラは
どこまでも続く広い草原を、
西の大地を目指して歩いていました。
二匹の背中を押すように
風が吹いています。
ライオンとガゼルが仲良くしている
不思議な光景に、
遠くから眺めるアリクイやゾウが
首を傾げます。
「西の大地は、どんなところなんだろう。
楽しみだな!」
ソラが歌うような口調で言いました。
レオはうかない表情で歩み続けます。
「沢山の、ガゼルの仲間がいるさ」
「新しい友達も、沢山出来ると思う?」
いつの間にかレオの横に来ていたソラが、
楽しそうにスキップしながら
レオを追い越します。
小さな蝶が辺りに舞いました。
とても無邪気な小鹿のように、
ひらめいたソラが言います。
「そうだ!もしかしたら、
お母さんに会えるかな?」
胸が飛び跳ねるような感覚に、
レオが立ち止まります。
「お母さんも西の大地に
行ったかもしれないし!
あ、きっとそうかもしれない……
なんだ、
てっきりもう会えないのかと……」
ソラはぶつぶつと独り言のように
何かを呟いた後、
高らかに宣言しました。
「よし!
僕、西の大地に行ったら、
お母さんを探すんだ!」
けれども、レオは何も言いませんでした。
長く重い沈黙が流れただけです。
首を傾げたソラが振り向くと、
彼は思っていたよりも
後ろに立っていました。
レオは言いました。
「西の大地では、
俺のことなんて忘れて、
ソラには幸せになってほしい」
ソラも立ち止まりました。
そして、いきなりどうしたの、
と言いたげな表情で眉を下げました。
「そんなの……
ずっとレオとも友達でいたいよ」
その言葉に、レオは口を閉ざしました。
秘密がばれてしまったら
ソラはなんと言うでしょう。
「だって僕、レオのことが
とても好きなんだもの
お願い。」
ソラが何も知ることなく
西の大地へたどり着けますように……
レオはソラの瞳を見つめ、
心の中で祈るばかりでした。

その夜、
長い黄金色(こがねいろ)の水草が揺らぐ
小さな池のほとりに、
二匹は座っていました。
穏やかな水面に、
泳ぐゲンゴロウが美しい波紋を
描いてゆきます。
「ねえ、ソラ。
おまえのお母さんは、どんな人?」
透き通った水に映る
悲しそうな瞳をしたレオが聞きました。
「だった?」
とつけたすことはとても出来ません。
ソラは夢見るような口調で星を見上げます。
「うーんとね……
とっても優しい人だよ。
どんな時も僕のことを
一番に考えていてくれたんだ。
でも元々あんまり
元気じゃなかったからか、
いつも僕のために
群れを探してくれていたなあ」
そして、小さな声で言いました。
「その途中に、
はぐれちゃったんだけどね……」
水面に映る二人の後ろには、
満面の星空が広がっていました。
その中をゆうゆうとゲンゴロウ達が
飛ぶように泳いでゆきます。
「会いたいなあ」
それと一緒に揺れる自分達を
見つめながら、レオが言います。
「ソラが西の大地へ、
狂暴(きょうぼう)なライオンなんかと
一緒に会いに行くって知ったら、
なんて言うと思うかな?」
すると、
ソラの明るい声が返ってきました。
「レオはとってもいいライオンだから、
絶対に喜んで賛成してくれるよ!」
それはどうでしょう。
レオは小さく呟きます。
「なあ、もし……」
けれども、
やっぱり続けるのはやめました。
ソラがこっくりこっくりとしながら、
寝息を立て始めていたからです。
「ううん、なんでもないさ。おやすみ」
そう言って、
レオもそっと目を閉じました。
子守歌のように、
辺りには虫の歌声が響きます。
とても穏やかな夜でした。

次の日、
再び西へ向けて二匹は歩き出します。
大草原に囲まれたその先には、
大きな山がそびえ立っていました。
その時、ふいに後ろの方から
呑気(のんき)な声がしました。
「お、頑張って歩いているねえ」
振り返った先にいたのは……
「キママ!」
ソラがパッと顔を輝かせます。
キママは地面に音もなく降り立つと、
呆れたように言いました。
「本気で西へ行く気なの?」
ソラは大きく頷きます。
「もちろん!
レオも送って行ってくれるって!」
キママは派手なトサカを羽で整えながら、
レオを横目で見ました。
「ふーん」
何か言いたげなその様子に、
レオは胸がドキリとします。
ソラが珍しい模様のアリクイを
追いかけていったのを確認して、
キママはレオに言いました。
「あんた、
責任を取るつもりなんでしょう?」
突然そう聞いたキママに、
レオは戸惑いながらも答えます。
「え、まあ……そうだが、なぜ?」
すると、キママは真剣な顔をして
レオを見つめました。
「目指している所はずっと遠いわよ。
その体じゃきっともたない」
「それでも、ソラのためなら」
レオは力強く言いました。
それでもいいのです。
だって、
もうソラを放っておくことなんて
出来るはずがありません。
「いいって言うのかい?」
けれども、キママの眼差しは
更に鋭くなったように見えました。
「あんたにとって帰りがなくても、
自分を犠牲にしても?
どうしてそんなことのために
全てを捨てるのさ。
生まれ育ったあの地に帰りなよ。
冷たくとも、それが自然というものだ」
レオはキママの言いたいことが
十分わかります。
ガゼル一匹なんて放っておいて、
自分の人生を歩む……
けれども、もうソラのために
自分はいると言っていいのですから、
そんなことは出来るはずがありません。
レオは真っすぐにキママを見つめます。
「それは出来ない。
俺は、ソラを守るって決めたんだ」
しばらく、キママは
何も言いませんでした。
そして、沈黙を破るように
大きくため息をつきました。
「呆れた。私にはわからないよ」
それは投げやりに聞こえても、
レオのことを認めているように
聞こえます。
キママは何かを知っているのでしょうか。
だとしたら、なぜでしょうか。
慌ててレオが詰め寄ります。
ソラが駆け戻って来ていました。
「おまえ、どこで……」
すると、キママは小さくレオに
何かをささやきました。
そしてすぐに、
青空へと舞い上がりました。
「もう知らないからね。
ただ、森を通ると近道よ!」
その声は、どんどん遠ざかってゆきます。
「ありがとう!また来てね!」
見送るソラの声を聞きながら、
レオの頭にはキママが言った言葉が
引っかかっていました。
(ハイエナには気をつけて)
なぜ。
レオは揺れる草を見つめるばかりでした。

それから、何日も二匹は
歩き続けました。
遠くに見えていた大きな山は、
もうすぐそこです。
辺りには、山に近づくに連れて
小さな木が増え始めていました。
木漏れ日と日陰の中を進んでいると、
突然、目の前に大きな木が現れました。
それは空に届きそうなほど高く、
大昔からそこでサバンナや
この森を見守っていたように
太い幹をしていました。
「この木、どのくらい
ここに立っているんだろう?」
そう聞いたソラに、レオは答えます。
「何百年、いや、何千年かもな」
大きな木の周りは、
不思議とそこだけ時間がゆっくりと
流れているように感じられます。
「すごい、僕たちの何百倍だ」
それはきっと、もうとても長いこと
そこに立っているからなのでしょう。
しわのように細かく刻まれた幹の模様は、
まるで古代からのこる
彫刻(ちょうこく)のようです。
「凄いな……」
レオは呟きました。
自分達がいなくなっても、
地球はずっと回り続けます。
この木は、流れる時を
これからも見守り続けるのでしょう。
それはレオが今まで過ごした時間や
抱えている悩みなんて、
とても小さなものだと
感じさせられるのでした。
大木の向こうには、
沢山の木が生い茂る山があります。
「この森を抜けて行こう」
レオとソラは、深い森の中へ続く道へと
入ってゆきました。

小さな熱帯雨林(ねったいうりん)のような
その森には、見たこともない植物が
沢山生えていました。
足元に転がる石にはこけが生え、
軽やかな水音を立てる小川は
ひっそりと森を流れてゆきます。
所々には色鮮やかな花達が、
木々を飾るように咲いています。
大きな角のカブトムシやクワガタが、
蜜(みつ)をめぐって枝の上で
争っていました。
けれども、二匹はあまり言葉を
交わしませんでした。
というよりも、
今までずっと歩き続けてきたため、
とても疲れていて話す気力も
なかったのです。
「……どこかで、休めないかなあ」
ソラが力なく言いました。
「もう少し行ったら、今日は休もうか」
そう答えたレオは、
ソラよりも元気なく見えます。
ふいに、立ち止まったソラが、
辺りを見回して言いました。
「森はとっても素敵なんだけど……
ここ、食べられる物あるのかな」
「どこかにあるさ、多分」
そう言っているうちに、
葉の間から見える遠い空は
茜色になりかけています。
森の中はだんだんと
暗くなってゆくのでした。
「先を急ごう」
二人は横に生えた不気味な
食虫植物(しょくちゅうしょくぶつ)を
避けながら、霧がかかり始めた森を
歩いてゆきました。
どこか遠くで、
悲し気な鳥の鳴き声が聞こえていました。

やがて夜が訪れ、
真っ暗になった森の中では、
虫の鳴き声だけが響いていました。
疲れた二匹はぐっすりと眠っています。
そんななか、
ふいにどこからか誰かの声が
聞こえてきました。
いえ、それは楽し気な歌のようです。
それに加えて、
手拍子やダンスのステップの音まで
聞こえてきます。
「なんだろう?」
目を覚ましたソラが立ち上がります。
続いて起きてしまったレオも
目を開きました。
「……見に行くか」
二匹は音のする方へと歩いてゆきます。
そして少し行くと、
茂みの向こうに灯りが灯っているのが
見えました。
顔を覗かせたソラが目を輝かせます。
そこで、たき火を囲んでいたのは、
十何匹ものベルベットザル達。
歌に合わせて踊るもの、
手拍子を打ちながらフルーツを頬張るもの、
あまり息が合っていない合唱をするもの……
様々なサル達が、
楽しそうに集まっていたのです。
「わあ、何してるのー?」
思わず茂みから飛び出して、
ソラが身を乗り出して聞きました。
一匹のサルが振り返ります。
「今日は満月だから、
ちょっとしたお祭りさ!」
サル達の白い毛が、
たき火や射しこむ月の光に
きらめいては光ります。
楽しそうに辺りに広がってゆく歌は、
思わず踊りだしたくなるようなものでした。
暗闇のなかでは、
虫たちが放つ光がライトのように
輝いています。
「ねえ、僕も入れてよ!」
思わずそう言っていたソラに、
サルは両手を広げます。
「もちろん、ウェルカムさ!」
「ちょっと、ソラ……」
止めようとしたレオに、
ソラが小さく舌を出してウィンクをします。
すると、何も言えなくなってしまった
レオの手を引いて、
サルは大きな声で言いました。
「おい、みんなー!
仲間が二人、増えたぞ!」
歓声が湧き上がります。
どうやら、勝手にレオも参加することに
なってしまったようです。
「お、おい!」
どこからか持ってきた草冠を
二人に被せながら、
サルは二匹に笑いかけました。
「おいらはルザト。よろしくな!」
闇の中で茶色に照らされた木の下で、
すぐにサル達と仲良くなったソラが
楽しそうに笑い声をあげます。
レオがいつの間にか始まっていた
サル達のダンス対決を見ていると、
三匹のサルが駆け寄って来ました。
「わあ、ライオンだ!かっこいい!」
「はい、取れたてのフルーツよ!」
「ねえ、ねえ、どこから来たの?」
そしてサル達の愉快な歌につられて、
ソラにも手を引かれて、
レオは踊りの輪に加わりました。
(踊るというよりは
背中にサルを乗せて
歩いているだけでしたが)。
暗い森の中、
水たまりに咲くスイレンが花開き、
月明りの下でサル達の歌が
たき火の周りに響きます。
その一夜限りの小さなカーニバルは、
疲れも、これからの旅も、
色々な悩みも忘れさせて、
レオとソラの気持ちを軽くさせます。
草冠を頭に乗せた二匹は、
なんだかおかしくて、
声をあげて笑いあいました。
とても楽しい夜でした。

「森の終わりまで、おいらが案内するよ」
次の日、そう言ったルザトと共に、
二匹は一緒に森の中を歩き始めました。
彼の話によると、
西を目指してこの森を通る動物達は
二匹が初めてではないようです。
どうやら、沢山の動物たち
(草食動物はもちろん、
それを追う肉食動物も)が
食べ物や住みかを求めて、
西の大地へと
移動しているとのことでした。
「最近の気候がおかしいのが原因さ」
そう言ったルザトに、ソラは聞きます。
「ガゼルは、僕の仲間を最近見かけた?」
そう聞くと
今まで誰もが首を横に振っていました。
けれども、ルザトは言いました。
「ああ、見かけたよ!」
「本当?!」
思わず飛び上がったソラを見て、
ルザトは笑い声をあげます。
「ずっと前のよく晴れた日に、
5匹ほどが森を通って行ったよ」
「ねえ、レオ、ガゼルがいるって!
ガゼルが!」
お母さんかもしれないという期待を持ち、
あまりに飛び跳ねすぎたソラの角には、
植物のつるが絡まってしまいます。
それを取っているルザトに、
レオは聞きました。
「今頃、どの辺にいるのか?
会えるだろうか」
「うーん」
つるを取り終わったルザトは言います。
「今頃は、上手くいけば西の大地に
ついていると思うな。
そこにいったら、会えるさ」
「そうかあ」
少しだけ残念そうに、ソラは言いました。
「一緒に行きたかったな」

またしばらく歩いて、木漏れ日が射しこむ
木の根元に座った二匹に、
ルザトは言いました。
「おいらが何か食べ物を持ってくるよ!」
「え、いいの?」
「もちろんさ。
それに、この森のことは
おいらの方が知っているし。
そこで待っていな!」
ぽかんとしている二匹を残して、
ルザトは木の枝を軽々とつたい、
しげる葉の奥へと消えてゆきました。
静けさの中、
爽やかな風が吹いてレオのたてがみが、
そしてソラの耳が揺れます。
「ねえ、レオ」
ふいにソラが言いました。
「レオは、本当に僕とあの土地を出
てきてしまって、よかったの?」
振り向いたレオの瞳から目をそらして、
ソラは落ち葉を手でかき混ぜます。
「キママと話していたのを聞いたんだ」
レオは何か言おうとして、
再び口を閉ざしました。
それを見て、
ソラは悲しげな表情で言いました。
「僕さ、考えてなかったんだ。
レオは、もうそんなに若くはないよね。
簡単には、帰れないよね。
全部、僕がわがままだから……」
「そんなこと言うなよ」
慌てたレオは、言いました。
そして撫でるようにそっと優しく、
ソラの頭に手をおきました。
「俺はそれでいい。
いや、むしろそうしたいんだ。
だって、今まで何十匹も動物を
食べてきてしまったのだから……
最後に一匹くらいは助けたいのさ」
「よかったの?」
潤んだ瞳でそう聞くソラに、
レオは笑いかけました。
「ああ、何も気にするな。
よかったに決まっているさ。
一緒に西まで行こう」
その温かい笑顔に、
ソラが小さな子供のように
レオに飛びつきます。
転げまわる二匹を、
戻ってきたルザトが
微笑ましそうに見つめていました。

その夜のことでした。
二匹は森の中、
ゆったりと流れる闇のような
川のほとりに来ていました。
「夜の森は、ちょっと怖いな……」
ソラは後ずさりをします。
後ろに広がる木は、
わずかな光に照らされて
まるでお化けのように佇んでいます。
涼しい風と、湿った草木が
とても不気味でした。
そして、目の前の川には、
小さな光が宝石のように浮かんでいます。
「あれは?」
「気をつけな、
あの浮かぶ光は全部ワニなんだ。
落ちたらおしまいさ」
肩をすくめたルザトが言います。
「でも、陸にいる限りは
襲ってくる心配はないから大丈夫」
その時でした。後ろの草むらから、
闇の中から飛び出す化け物のように、
飛び出してきた影がありました。
それは一直線に、
目を見開いたソラの元へと向かいます。
そして体勢を低くすると、
一気に襲い掛かろうと……
いえ、レオがソラの前に立ちはだかりました。
黒い影は急ブレーキをかけるように
立ち止まります。
その正体はハイエナでした。
「ちぇっ、失敗か。
せっかく見つけたから、
食べてやろうと思ったんだけどなあ」
「なぜお前らがここにいる!」
ハイエナ、ブチの後ろからは
さらに二匹のハイエナが姿を表しました。
「おれ達も西に行くのさ。悪いかよ」
レオはハイエナ達を睨みつけます。
夜の中で真っ黒に染まった葉が
ざわざわと音を立てました。
「勝手にすればいい。
だがソラには手を出すな」
すると、ハイエナ達は
探るような目つきで聞きました。
その目は深い洞窟のようです。
「なんでだ?」
「西まで連れていってやると約束した」
それを聞いたブチが、
吐き捨てるように言いました。
「一匹のガゼルに構うなんて、
ばかばかしい」
レオは一歩前に踏み出ます。
「ソラは俺の、大切な友達だ」
けれども、
ハイエナ達は声を揃えるようにして、
笑い声混じりに言いました。
「大事な、大事なオトモダチ?
本当に、本当にそれだけか?」
はぁ?、
眉をひそめたソラが、
初めて口を開きました。
「もちろん、そうだよ。
僕が西の大地に行って、
お母さんや仲間を探すのを
助けてくれるんだ。
レオはとても優しいライオンなんだから!」
すると、ブチは勝ち誇ったような笑みを
向けました。
「ほう。なら、ちびガゼル。
お前を食べる前にいいことを教えてやろう」
怯えたソラが、何歩か後ろに退きます。
そして後ろでワニ達の目がギラギラと光る中、
ブチの意地悪な表情の奥に隠された意味を
レオは感じ取りました。
「このライオンは……」
どこで知ったのかはわかりません。
けれども、その真実をソラは知りません。
決して、知らなくていいのです。
「お前の……」
「やめろ、それ以上言うな!」
レオは噛みつく勢いで
ハイエナを追い払おうとします。
けれども、さすがに何匹ものハイエナを
レオ一匹では追い払えません。
けれども、少し離れたところに立ったブチが、
再び口を開いたその時でした。
「キーッ、キーッ!」
真っ暗な森の中から、
いくつもの威嚇の声がしました。
夜空の下、見えたのは沢山のサル達。
それはあの日、
たき火を囲んで踊っていた
ルザトとその仲間たちです。
「キーッ!」
歯をむき出したサル達は、
石を手にハイエナ達を追い払います。
さすがに、頭のいいサル達の群れが
相手ではかないません。
ひるんだブチは、さっさと逃げようと
あっという間にレオ達に背を向けました。
しかし、どこまでもブチに忠実な、
勇敢なハイエナがいたのです。
そのまだ若い、
逆立った毛が印象的な一匹は、
ソラ目掛けて駆けだしたのです。
そして、
「お前の親を殺したんだよ!」
ハイエナが牙をむき出して叫んだのと、
レオの大きく吠えた声が
それをかき消したのが同時でした。
それだけではありません。
レオの前足の一撃が、
ソラの目の前でハイエナの頭を
直撃しました。
勇敢なハイエナは、
あまりにあっけなくその場に崩れ落ちます。
とても一瞬の出来事でした。
いつの間にかサル達はいなくなり、
ハイエナ達もいなくなっていました。
辺りには再び夜の森の静寂が訪れます。
その場に固まったままのソラは、
気が抜けたように肩を落としました。
レオとルザトが、
お互いに大丈夫かと言葉を交わします。
闇に光るワニ達の瞳も、木々の不気味さも、
何もかもさっきと何も変わりありません。
けれども、倒れたハイエナは
そこに横たわったままでした。
ソラが恐る恐る近づきます。
「大丈夫かな」
「気を失っているだけさ。
目覚める前にここを去ろう」
そう軽く答えたルザトが、
川辺を歩き出します。
ソラも後に続きます。
けれども後に続いたレオは、
立ち止まって振り返りました。
二匹の背中が遠ざかっても、
どうしてもハイエナが
立ち上がるのを待つように、
そこに立っていました。
少しすると、闇の中で、
しげみの中から現れたブチが
倒れたハイエナをつつくのが
見えました。
ブチが彼を起こそうと、
前足で揺さぶります。
けれども、ハイエナは動きません。
ブチが何をしても、動かないのです。
レオは顔をあげたブチと
目が合ったような気がしました。
彼の表情こそわかりませんでしたが、
レオは逃げるように二匹の後を追って
その場を去りました。

それから何事もなかったかのように
何日もが経ちました。
だんだんと日が暮れるのが早くなり、
森が寒くなってきています。
あれ以来ハイエナは見かけていないため、
安心した二匹はなんとか冬になる前に
西の大地につこうと、
ずっと森を歩いていたのでした。
「ほら、もうすぐ森を抜けるよ」 
だんだんと明るくなってゆく
森の中を進みながら、
ルザトが言いました。
茂みや木が、
だんだんと少なくなってゆきます。
そして、険しい斜面を登ると……
急に眼下には、
夕陽の中どこまでも続く
大きな大きな大草原が広がりました!
その景色を飾るそびえ立った高い崖からは、
小さな石が時を告げる砂時計のように
零れ落ちているのが見えます。
そして地平線と空の堺には、
太陽の光で金色に輝く大河が
ゆうゆうと流れているのでした。
潤った草たちは、風に揺られ、
まるで海から押しては返す、
広い波のようです。
「わあ、広い!」
その眺めにソラは声をあげ、
レオは息を飲みました。
ルザトが得意げに言います。
「綺麗だろ?遠くに見える、
あれが西の大地さ!」
大河の向こうにあるのが、西の大地。
そこには異国のような緑が
広がっているのが、
遠目からでもわかります。
「ついにここまで来たね」
「あともう少しだ」
これからの冒険に、二匹の心が踊ります。
「ルザト、ここまでありがとう」
「ああ。大河までは危険な動物が沢山いる。
気をつけてな!」
「ルザトの方こそ、元気でね!」
これからの旅にはどんな動物が、
景色が、出来事が
待っているのでしょうか。
二匹は、夕焼けに照らされた丘を下るべく、
足を一歩踏み出します。
「さあ、行こう」
「西の大地へ!」
揃ったレオとソラの声は、
西へと吹く風に乗せられてゆきました。

第4章 思いがけない出会い

「レオ、早くー!」
広い広い草原が続く中、
先を歩くソラの声に
レオは顔をあげます。
「あ、ごめん ごめん」
これでも頑張って
歩いているつもりなのですが、
いつの間にかソラとは
だいぶ距離が開いていました。
すでに体はヘトヘトです。
「大丈夫?疲れたなら休もうか?」
駆け戻ってきたソラの言葉に、
レオは首を強く横にふりました。
「いや、まだ平気だよ。進もう」
自分がすぐに疲れてしまう、
弱い年寄りだと認めるなんて、
決してレオのプライドが許しません。
まだまだ自分は大丈夫なはず。
そう言い聞かせるように
レオは歩み続ける足を止めません。
「うん……」
心配そうにソラが頷きました。
すでに暮れ始めた太陽の下で、
二匹の影が長く伸びています。
ひとつ確かなこと……
それはレオに残された時間は、
こく一刻と短くなってきている
ということでした。

果てしないサバンナの草原を、
二匹はひたすら歩きます。
遥か遠くに、まだ小さく見えるのは、
西の大河です。
それを見つめるソラの瞳は、
強い憧れを帯びて太陽に
輝いていました。
いつしか前を歩いていたレオを
追い越して、
秋の小枝のような角を持ったソラは
どんどん先へと進みます。
そんなソラの後姿を見て、
レオはどこか寂しげに微笑みました。
その時、だんだんと小さな振動が
大地を揺らすようにして
伝わってきました。
沢山の足音が聞こえてきます。
ソラが驚いて立ち止まりました。
追い付いたレオも息を飲みます。
目の前に突然現れたのは、
流れるように進むヌ―の大群でした。
「凄い……ヌ―だ……」
呟いた声は、壮大な音楽のように
響く足音にかき消されます。
一匹の黒い姿が
何匹、何十匹、何百匹と集まり
大地を進んでいく様子は、
まるで一枚の絵画のようでした。
「これが動物たちの大移動……
みんな、西へ行くんだな」
その光景を目に焼きつけようと、
二匹は言葉も交わさず
ただそれを見つめていました。
このヌ―達が目指している場所と
自分たちの目指す場所が
同じということが、
とても誇りに感じられました。
やがて、ヌ―達が去ったときには、
まるで何時間もが経ったかのように
思われました……
「僕たちも、同じ場所へ行くんだね」
噛みしめるように、どこか誇らしげに、
ソラが言いました。

それからまた同じような日々が続いた
ある朝。
「長い草は固くておいしくないんだよ。
短くて、柔らかい草が一番いいのさ。
このあいだ僕がねぇ……」
機嫌のいいソラが、
少し適当な相づちを
打ちながら頷くレオの横で、
ひたすら喋っている声が聞こえます。
その時でした。
二匹の周りに流れる穏やかな空気を
切り裂くように、
吹き抜ける尖った風のように、
二匹の前を暗い影が横切りました。
「誰?!」
高い悲鳴をあげたソラと、
レオが影の向かった方向を振り返ると、
反対側に茶色の残像が消えてゆきます。
そちらを振り向いても、
また反対側に何者かの気配が。
まるで忍者のように二匹の周りを
動き回る影はとても素早く、
レオとソラはその場でぐるぐると
回ることしか出来ません。
すると、ソラの前に立ちはだかった
レオの耳元で、突然ささやくような声が
しました。
「ライオンとガゼル……
仲がいいなんて、珍しいわ」
はじかれたように、二匹は振り返ります。
一瞬キママが戻ってきたと
思ったのですが、違ったようです。
二匹の目に映ったのは、
アーモンド型の潤った瞳、
艶やかな鼻先、
ビロードのような毛並み……
それは美しいハイエナでした。
「お前、ハイエナか!」
思わず、レオは声をあらげて彼女を
睨みつけます。
ハイエナを相手に、
いい思い出があった試しはありません。
けれど、そんなレオの様子を
面白がるようにして、
ハイエナはクスクスと笑いました。
けれど、その声は他のハイエナのように
意地悪ではありません。
「ちょっと、
何をそんなに警戒してるのよ。
あたしは別に、あなた達に何もしないわよ」
ハイエナは少し早口にも、
気取ったようにも聞こえる口調で言います。
「そうなのか?」
「本当よ。ハイエナだからって、
決めつけないで欲しいわ。
あたしは、西の大地に行くの」
その言葉に、緊張がほぐれたソラが
パッと表情を明るくします。
「あ、僕たちも……一緒だね!」
「あら、そうなの」
ハイエナは少し驚いたようでした。
そしてすぐに、にこりと笑います。
「ねえ、だったら一緒に行かない?
危険な動物だっているし、
その方が心強いわ」
その笑顔はとても可愛らしく、
ブチ達と同じハイエナとは思えません。
それに彼女の素早さは、
きっとこれからの冒険で
役立つことでしょう。
「そうだね!
ねえ、レオ、そうしよう?」
用心深いレオも、
このハイエナを警戒する気には
とてもなれませんでした。
本能が、彼女は安全だと伝えています。
「ああ、そうだな」
すると頭の回転が速いのか、
ハイエナがすぐに言いました。
「レオ?あたし、あなたを知ってるわ」
「え?」
けれど、目を丸くしたレオには
それ以上は何も続けず、
ハイエナは言いました。
「ハイエナ達の間では有名よ……
あたしは、ナエイ。よろしくね」
歩きながら、ナエイが聞きます。
「二人はどうして西の大地まで行くの?」
ソラがキラキラと輝く瞳で言いました。
「僕は仲間とお母さんを探しに行くんだ!」
「俺は途中まで、ソラの手助けを」
「途中……ってことは大河のほとりまで?」
「大河のほとり……」
そういえば、
いままでどこで別れるかなんて、
考えたことがありませんでした。
出来るだけ考えたくなかったのでしょうか。
「だってその向こうが西の大地よ」
そのナエイの言葉に、
レオは小さく頷きました。
「そうか……じゃあ、そこまでだな……」
それは、自分たちの旅も
もうすぐ終わってしまうという
現実をつきつけます。
終わりを決めてしまうと、
なんだかこの旅は
とてもかけがえのないものに思えます。
「そう言うナエイは、どうして?」
「なんとな〜くよ」
すると、ソラにそう答えたあと、
ナエイは遠くを見るような目つきで
言いました。
「ブチっていう
ハイエナの仲間だったのよね。私」
「ブチの?!」
驚いたソラとレオの声が揃います。
「ええ、でももう辞めちゃったわ。
面倒くさいのよ。本当、色々」
清々しい表情で、ナエイはさっぱりと
言いました。
そこには一筋の後悔も見えません。
感心も混じったように、
レオは言いました。
「よく無事だったな」
「無事でいたいから、
新しい地へ行くのよ」
そう言って、
ナエイは軽やかに笑います。
「全て、また新しく始めていくの」
その瞳には、
ソラと同じ憧れが灯っていました。
太陽の息吹を浴びている
地平線の遠くには、
大河が横たわっています。
それは、レオの旅が終わる場所。
けれど、そこまでの距離はまだ遠く、
どこかレオを安心させるのでした。

それからは何日も、
ひたすら前へ前へと
歩き続ける日々が続きました……
新しい仲間、
ハイエナのナエイと一緒に。
彼女は頭が良く気さくで、
一緒に旅をしていると
疲れが半分になったように
感じられました。
お喋り好きなところがあるためか
ソラとはあっという間に仲良くなり、
レオともよく一緒に話をしていました。
そして今日も、
ソラとナエイは何やら虫の話で
盛り上がっているようでした。
二匹から少し離れた崖のそばの日陰に、
レオは座っていました。
今まで数えきれないほど見てきた
サバンナの景色も、
見る場所によって
いつも違って美しく見えます。
香ばしい草の臭い、
草原を吹き抜ける爽やかな風、
遠くを歩いてゆく動物達……
そんな世界を、
ただ座って眺めるのがレオは
とても好きでした。
日向(ひなた)では、
すっかり仲良くなったソラとナエイが
じゃれあっています。
しばらくすると、
ナエイがこちらに向かって
歩いてきました。
「十分休めた?」
ナエイは、頷いたレオの横に
腰をおろします。
「ねえ、ソラから聞いたんだけど、
あなたもう動物を襲わないんだって?」
ハイエナとライオンが、
並んで座っていました。
「……もうそんな必要も、俺にはないから」
レオがゆっくりと答えます。
ナエイは首を傾げました。
「不思議、そんなライオン初めて見たわ。
だからガゼルのソラと一緒なの?」
「それは……」
それもあるが、
理由は他に色々あって……
すると口ごもったレオとは反対に、
ナエイは言いました。
「優しいのね。そして強い」
「強い?」
「そうやって、
誰かを守ろうって思えることよ。
凄いと思うわ」
そんなことを誰かから言われたのは
初めてでした。
大体の動物は馬鹿にしたり、
憐れむような眼差しを向けるだけでした。
心がポカポカ温かくなったレオは、
小さく微笑みます。
「お互いどんな動物であっても、いつか、
みんな仲良く出来る日が来るといいな」
今、自分の隣に座っているのは、
本来は争うことの多いハイエナなのです。
そんな未来が来ても、
不思議ではないような気がしました。
自分たちで、
これから作って行けばいいのですから。
けれども、ナエイの声がレオの考えを
遮りました。
「無理よ。そんなの」
それは冷たく、ソラには届くことなく
響きます。
レオがふてくされたように
ナエイの方を見ても、
ナエイは振り向くことなく、
草とたわむれるソラから視線を
そらさずに言いました。
「私達はお互い、食べて、食べられて、
時に支えあって生きていく……
そんな運命なんだから」
確かにそうかもしれません。
だけれど……レオは口調を強めます。
「でも……俺はハイエナや、他の動物が
ソラを襲うのは絶対に許せない。
出来れば他のガゼル達にだって、
生きていてほしいんだ」
「まあ、そうね」
肩をすくめたナエイが立ち上がります。
「でも生き方は色々あるわ。
あたしはそれでいいと思ってる」
そう言うと、
ナエイは浮かぶ沢山の雲の間から
射しこむ日差しの中、
再びソラの方へと歩いてゆきました。
ふさふさとしたハイエナらしい尻尾が、
風になびいています。
三匹は、草原の中を進んでゆきます。
けれど、ソラとナエイの姿は
レオをどんどん引き離してゆきます。
「レオー!」
二匹の声に、レオはため息をつきました。
「大丈夫?休もうか〜?」
今まで幾度と聞いてきた、
その気遣いとも言える言葉に
わずかな苛立ちを覚えて、
レオは短く言いました。
「ごめん、ナエイと先に行っていてくれ。
後で追いつく」
すると、ソラが口をつぼめ、
困ったような表情で言いました。
「え、また……?」
レオが何も言えずにいたその時、
ナエイが機転を利かせて、
「よーし、ソラ。
あたしと追いかけっこしよう」
と草原の先を指さしました。
「え?」
「強くなる練習よ。
足が速い方が有利でしょ」
コロッと表情を変えて、ソラが頷きます。
「うん、する!」
「ほら、行くわよ。3,2,1……」
ナエイの掛け声で、
二匹は走り出します。
まるで兄弟のような二匹が
遠ざかってゆくのを見ながら、
レオはただそこに佇んでいました。
(また?)
そう言ったソラの表情が忘れられません。
もっと若かったら、
どれほどよかったことでしょう。
そうしたら、
今すぐ二匹を追いかけて
駆けだしているのに。
自分は足手まといだろうか……
ふとそんなことを思い、
レオは今日何度目かの
ため息をつきます。
その時、レオはふと見上げた空に
不穏な色をした雲が増えているのに
気がつきました。
それは何かの予兆のように、
だんだんと青い空を覆っていきます。
小さく見える大河も、
雲の中に隠されていくようでした。

天気は、
だんだんと悪くなっていく一方でした。
昇る朝日もついには雲に隠されて、
空を幻想的な紫色に染めています。
起き上がったレオはそれを
じっと見つめていました。
今日も、また長い一日が始まります。
続いて起きたソラが、
そっとレオの元へと歩いてゆきます。
空の色は淡く、触れたら儚(はかな)く
溶けてしまいそうです。
「なあ、ソラ」
レオが言いました。
「俺は年寄りで、あまり一緒に遊んだり、
面白いことを言ったりも出来ない。
体力も、残された時間も
少なくなるばかりだ。
そんな俺でも、ソラはかまわないか」
レオは後ろでソラが、
自分に歩み寄るのを
感じました。
「そんなこと言わないでよ」
ソラの優しい声が返ってきます。
「僕がレオと一緒にいたいんだから」
「本当か?」
そうレオが聞くと、
ソラは力強く言いました。
「もちろん。一緒に西まで行こうよ」
そんな会話はいつか森の中、
反対のような立場でした
記憶がありました。
ふっとレオが口元を緩めます。
(ソラも……成長したんだな)
それに比べて自分は……
そんなことを考えていると、
ソラの不安げな声がしました。
「でもレオは、僕と一緒にあそこでは
暮らさないんだよね。
僕を送ってくれたあとは、どうするの?」
「さあ、どうしようかな」
まだ薄暗い中、
レオは色がぼやけた空を見上げて
言います。
「ソラと冒険も出来たことだし、
もう他にやることもないさ」
雲が、ゆっくりと流れてゆきます。
それに合わせて灰色の雲が
現れては増えていきます。
「僕、仲間やお母さんと会えても、
たまにレオに会いに行くね」
ソラが言いましたが、
レオは心の中で呟きました。
(そんなこと、しなくていいよ)
たまに、不安になるのです。
このままずっと、
お母さんに会えるという
決して叶うことのない希望を、
ソラに持たせ続けていいのか。
だけれど、大切に紡いだこの絆は
決して自分の手で
切ってしまいたくありません。
例えそれが自分勝手だと知っていても……
一体、どうすればいいのでしょうか。
でも、それでも、
前に進み続けるしか道はないのでしょう。
「ずっと友達でいよ〜う。約束、約束!」
その時、ソラの手が指切りをするように
レオの手に触れました。
柔らかな温かみが伝わってきます。
レオは言っていました。
「うん、約束」
そうして、笑いあった二匹の手が
するりと解けます。
ほんの一瞬のぬくもりも、
消えてゆきます。
まるで夢のような色合いの空は、
たった今交わした約束さえも溶かして、
消してしまいそう。
レオはもう一度、呟きました。
「約束……」
この約束だけは、
消えないことを願って。

次の日のことでした。
岩山のような崖の近くの草原には、
不思議な形の大きな岩が
沢山転がっていました。
それはまるで古い遺跡のようです。
ソラが言いました。
「ね、ね、かくれんぼしようよ!」
「お、いいわね、賛成」
岩の多いここは、
かくれんぼには最適です。
「レオは?」
「せっかくだから
一緒にやりましょうよ」
「えぇ……」
どうやら、レオも参加することに
なったようです。
「やった!じゃ、ナエイが探してね!」
そう言うと、ソラは軽やかに
岩の間を駆けてゆきました。
レオも別の方へと向かいます。
しばらく走ってきたソラが
後ろを確認すると、
ナエイはまだこちらには
来ていませんでした。
誰の姿も見えませんが、
ソラは気にも止めません。
この壮大な景色の中で、
一人佇む自分……
それはなんだかとてもかっこよく、
素敵なことのように思えたのです。
(あ、早く隠れないと)
思い出して、ソラは近くにあった茂みに
目を止めました。
ナエイの声が遠くでした気がしました。
きっとここなら中々見つからないでしょう!
ソラはニヤリと笑って、
その中へと身をひそめました。
それから、長い長い時間が過ぎました。
いえ、じっとしていたから
そう感じられたのかもしれません。
とにかく、まるで時が止まったように
怖いくらい静かな時が続いたのです。
レオも、ナエイの姿も、見当たりません。
もうじっとしては居られませんでした。
不安になったソラは茂みを飛び越えて、
草原へと向かいます。
その時でした。
「みぃつけた」
後ろでぞくりと背筋が凍るような、
影を引きずっているような
低い声がしました。
自分は、今一人。
足が止まったソラは短く息を吸いました。
そして、パッと振り返ります。
けれどそこにいたのは、
レオやナエイ、
ブチでもありませんでした。
それは三匹の、
腐った悪魔のような色をした
リカオンでした。
濁った暗い目が、ソラを見つめます。
「僕を食べる気?」
勇気を振り絞って出した自分の声は、
今にも消え入りそうでした。
あの、レオに助けてもっらた時から、
何も変わらない。
すると、リカオンが
かすれた声で言いました。
「ブチ様の元へ連れていく」
ソラが恐る恐る一歩退きます。
リカオンは一歩踏み出します。
その瞬間、恐怖の限界だったソラが
身を返して走り出しました。
すぐ後に、リカオンが続きます。
砂埃を巻き起こしながら、
ソラは草原を駆けてゆきます。
頭の中が真っ白になったように、
何も考えられませんでした。
目の前には、
あの高い岩山が迫ってきています。
右へと走ろうとしましたが、
ソラを追い詰めるように
迫(せま)るリカオンが
逃げ道を閉ざします。
ソラは岩山を登り始めました。
足元が今にも崩れそうでも、
登るしかなかったのです。
リカオン達が、
作戦通りというように笑います。
がむしゃらに岩の上を
駆けあがるソラは、心の中で叫びます。
(レオー、ナエイー!助けてー!)

岩だらけの草原を歩いていたナエイは、
ふと異変を感じて辺りを見渡しました。
そして少し遠くにそびえ立つ岩山に
目が止まります。
何か小さな影とそれを追う群れが、
岩山を駆けのぼっていました。
追われているのは、一匹のガゼル。
それは……
「ソラ?!」
間違いありません。
ソラが、岩山を追い立てられるようにして
登っていました。
ナエイは、レオがどれほどソラを
大切に思っているか知っています。
もしソラに何かあったらと思うまでもなく、
足がそちらへと向かっていました。
「レオ、レオ!
ソラが危ない!崖の方へ!」
そう大きな声で叫びながら、
ナエイは全速力でソラの元へと
向かいます。
そこからだいぶ離れた場所で、
その声はレオに届きました。
散りばめられた赤い雲の下、
どこかで陽炎(かげろう)が
立ち上っていました。

一方、ソラは両端が崖のように
急斜面な岩山の頂上への道を
走っていました。
それでも岩山は横に長く、
頂上はまだ先です。
進むにつれて
下に広がる景色は小さくなり、
今更斜面を降りることも
出来なくなってしまいました。
引き返すことも出来ず、
ソラはどんどん高い所へと
追われてゆきます。
すぐ後ろでは、
リカオンの鼻息が迫っていました。
「ソラ、ソラ!」
その時、遥か後ろで
ナエイの声がしました。
振り返ったソラが見ると、
ナエイが遅れていたリカオンの一匹に
噛みついた所でした。
ナエイは、悲鳴をあげて
転んだリカオンの上を
疾風のように飛び越えて、
別のリカオンに体当たりをします。
たちまちリカオンはナエイに気を取られ、
ソラを追うのをやめました。
両脇はもう斜面ではなく、
崖のように危険に切り立っています。
「逃げるのよ!」
そう言われ少し走って、
ソラは立ち止まりました。
振り返ると、
何匹化のリカオンが尻尾を巻いて
すごすごと去ってゆくところでした。
やっと全身に温かみが巡り始めたソラは、
改めて思いました。
(ナエイ、凄いなあ……)
けれども、リカオンはまだ残っています。
肩で息をするナエイは、
リカオンに飛びかかりました。
二匹はもつれて、岩の上を転がります。
それでも立ち上がったナエイは、
リカオンを思い切り突き飛ばしました。
「あっ」
ソラは思わず声をあげます。
宙に浮いたリカオンは、
スローモーションのように、
崖を落ちてゆきます。
しばらくして、遥か下から
鈍い落下音がしました。
そしてしばらくの間、
辺りには不気味な静けさが
戻りました。
きっと、あのリカオンは
もう決して立ち上がることは
ないのでしょう。
けれども、可哀相だという気持ちよりは、
断然安心が勝っていました。
ひどくとも、
そうしなければソラは
捕まっていたのですから……
「怪我はない?」
そう言ったナエイが、
少し足を引きずりながら
ソラの元へと向かいます。
「うん、大丈夫。
本当にありがとう」
ソラは心からお礼を言いました。
ナエイが微笑みます。
「よかった――」
その時でした。
どこからかリカオンの
吠え声がしたかと思うと、
ソラとナエイに襲い掛かったのです。
いち早く振り向いたナエイが
リカオンにぶつかります。
その時、ソラは何が起こったのか
わかりませんでした。
気がついたら、
目の前にはリカオンも、
ナエイもいなかったのです。
慌てて崖のふちへと駆け寄って、
下を覗きます。
リカオンが吸い込まれるように
落ちていく所でした。
そしてその少し横で、
だんだんと姿が小さくなってゆくのは……
「ナエイ!!」
ソラの叫びが、広いサバンナに響きます。
けれども、一匹のガゼルを
助けてしまったばかりに、
哀れなハイエナは崖を落ちてゆきます。
ソラの声も届かず、
片足を上へ伸ばしたまま、
驚いた表情で……
どこまでも、どこまでも。
「ナエイーッ!」
ソラの悲鳴が、
曇り空に飲み込まれてゆきました。

第5章 どうなる? ソラとレオの未来…

何も出来ずに
その場に佇むソラの後ろから、
レオの声が響きました。
「ソラ」
やっとのことで、ソラが声を出します。
「ナエイが、ナエイが……」
ただそれだけを繰り返すソラに、
レオは短く答えました。
「わかってる」
けれども、
それ以上続ける言葉はありません。
この高さの崖から落ちてしまっては、
とても無事ではすまないでしょう。
「きっと……大丈夫さ……」
レオはそう言うのが精一杯です。
小さく、自信なさげに頷くソラとレオは、
しばらくその場から
動くことが出来ませんでした。
やがて、レオが言いました。
ここでこうしていても、
もう何も出来ることはないのですから。
「ハイエナ達が追ってきている……
ここは、離れなくては」
谷底に背を向けて
去っていくレオのあとを、
何度も後ろを振り返りながら
ソラが続きます。
もう黒い雲の隙間から
射しこむ太陽の光はわずかで、
昼だというのに
とても暗く感じられました。
どこか遠くでゴロゴロという
不気味な音が響きます。
二匹は何も言わずに、
灰色の影と共にサバンナを
歩いてゆきました。

だんだんと遥か先の未来のように
見えていた大河が、
歩くにつれて
だんだんと大きくなってゆきます。
でも、それはもう憧れの景色ではなく、
二匹の道を拒む大きな門のようにも
見えてきました。
レオが、立ち止まりました。
もう骨の形が見える彼の足には、
湿った地面を踏むごとに
重さがのしかかり、
歩き進めるだけでも
辛くなっていたのです。
そんなレオを振り返る余裕もなく、
ソラは行く手を拒むように
生える草をかきわけて
進んでゆきます。
それはいつかの光景とは
まったく反対で、
レオはなんともいえない寂しさを
覚えるのでした。
時が過ぎるのは、
なんて早いのでしょう。
やせ細って震えていたガゼルの子、
ソラを助けた日のことは、
つい昨日のことのように覚えています。
もう背中に乗ったバッタを
振り払う気力もなく、
レオが一歩踏み出したその時でした。
「やっと見つけたぞ、レオ」
後ろからした声に、振り返ると、
そこに立って
こちらを見つめていたのは
ハイエナのブチでした。
「今日はお前とゆっくり、
話をしたいと思ったのさ」
「なんの話だ」
身構えたレオの後ろで、
戻ってきたソラが息を飲みます。
ブチはレオを警戒する様子も、
敵意を見せる様子もなく、
憐れむように言いました。
「なあ、レオ。
いつまでそんなことを
続けるつもりなんだよ?
ガゼルに構うだなんて、
バカバカしい」
「弱いものを守ることの何がいけない」
「昔、お前はもっと立派で、強かった。
オレ達は、ハイエナ達は、
みんなお前に憧れていたよ」
ブチはバカにしたように
口先だけで笑います。
「だが、今はどうだい。
狩りも出来ず、
自分の生まれ育った地も簡単に
捨ててしまった、
ただの弱虫ライオンじゃないか」
昔のように怒ることもせず、
淡々とした口調でレオは言います。
「俺は別に、格好悪くてもいいんだ。
強くなくてもいい。
ただ……」
「今のお前は、嫌いだ。
そんなことのために、
他の動物を全員、敵にまわすのか。
そいつの親でもあるまいし」
もう行こうよ、
と言うようにソラがレオを促します。
ブチの茶色の瞳が、
面白がるように
そんな二匹に向けられます。
草がざわざわと
心をかき立てるような音を立て、
雷の前兆の音が不吉に渦巻きます。
そして、それに被せるようにして、
ブチは夕陽で赤く濁った空を
見上げて笑い声をあげました。
それは、まるで幸せの終わりを
告げる悪魔のように残酷に、
湿った地面と乾いた空気のあいだで
響きます。
「ああ、ああ。知ってるとも。
そのソラとかいうガゼルの親を、
殺したのはお前だってことも。
ずっと嘘を付きとおそうと
していたこともな」
ああ、終わってしまった。
いつか来ることを
わかっていたような諦めの感情に、
レオの心が取り巻かれてゆきます。
何も言い返すこともせず、
ブチに手を上げることもなく、
レオは根が生えたように
そこに立っていました。
もうソラの顔は振り返れません。
ただ彼の瞳は、
深い悲しみの色を帯びていました。
「嘘だ、
レオがそんなことするわけないよ!」
ソラの声が、
遠くで鳴っているように耳に届きます。
「一人ぼっちだった僕を助けてくれた、
優しいライオンだもの!」
「じゃあ、考えたことはないのかい。
どうしてそんなに無関係なライオンが、
ここまでしてお前を助けようとしたのか」
「嘘だ!
そんなの絶対にありえないよ……
ねっ、ね、そうだよね、
レオ??」
レオは答えるために息を吸いましたが、
実際に喉に空気は入ってきませんでした。
そしてレオは苦しそうに、
絞り出すようにして、言いました。
「嘘じゃない」
ソラの表情が固まったのがわかりました。
二匹で紡いだ絆が、
バラバラに砕けてゆくのがわかりました。
「な、もういいだろう。
全部、終わりにしようぜ……」
ブチの声は、もう耳には届きません。
「ひどいよ、何で僕に黙っていたの?
知っていたんでしょ!」
代わりに、ソラの悲痛な声が
痛いほど耳に飛び込んできます。
「それにじゃあ、どうして僕を助けたのさ!
レオに出会っていなかったら
こんな思いもしなくて済んだのに!」
レオは俯いたまま、
ソラを見上げることは出来ません。
見上げる資格すらもないように
思えたのです。
「……もういい!レオのバカッ!」
全てをレオに叩きつけるように
ソラは叫ぶと、
身をひるがえして走り出しました。
大好きなソラの姿が、
草むらの中で
だんだんと見えなくなってゆきます。
レオは何も出来ず、
それを見つめていました。
幻のように、ソラの後ろ姿は
どこかへと消えてゆきました。
その姿は、もう見ることが
出来ないのでしょう。
「ほら、あのガゼルはもういなくなった。
お前のいた土地に、
オレ達の元へ、帰って来いよ!」
ほがらかにそう告げたブチを、
レオは鋭い眼差しで静かに見つめて、
言いました。
「……帰れるものか」
一瞬言葉に詰まったブチは言います。
「ならばいい。
でも俺はそれでは気が済まない。
だから、いっそのこと
決着をつけようじゃないか!
俺とお前、どっちが本当に強いのか!」
それでも、レオはブチを見つめて
言うだけでした。
「こんなことして、楽しいか」
そう言って、
ブチに背を向けたレオは
ゆっくりと来た道を戻ってゆきます。
「逃げるのか」
ブチの声が追いかけました。
「ふん、だが俺はお前がなんと言おうと
決着をつけてやるんだ。
大河の前で待っていろ!」
もう、大河の方へ行く気も
しませんでした。
ふとレオが見上げた空は、
黒い雲と赤い夕陽がまじりあい、
まるで世界の終わりのような
凄まじさを放っていました。
そんな視界が、ぐにゃりと歪みます。
草を揺らす冷たい風は、
そんなレオには見向きもせず、
広大なサバンナを
吹き抜けてゆきました。

もう二匹で歩んで来た道も、
共に紡いだ足跡も、
空っぽの草原は過去の向こうに
消してしまったようでした。
年寄りライオンのレオは一匹で、
彷徨うように歩きます。
すると、
「あ〜あ。来るのが遅かったか」
ふと聞こえた声に
レオは顔をあげました。
それは、もう長いこと聞いていなかった声。
「キママ」
「お、名前を覚えていたんだねえ、
感心、感心」
大げさに手を叩く仕草をするキママは、
レオを元気づけようと
しているのでしょうか。
「なあ。
俺……どうすればいいのかな」
レオが呟きました。
プライドなんて投げ捨てて、
一度吐いた弱音は
せきを切ったように溢れだします。
「ソラを助けたつもりに
なっていたけれど、
結局何も出来ていなかった。
俺だって、何も変われていなかった。
ソラを守りたかったのに……
全部全部、無駄だったんだ」
すると、それを聞いたキママは
意外にも首を横にふりました。
「それは違うね。
あんたが変わったか変わってないか
なんて別に知らないけど、
ソラは、今だってちゃんと
どこかで生きているんだ。
それで十分」
それで十分……そのはずなのに、
レオはやはり喜ぶことは
出来ないのでした。
「ソラとは、もう会えないんだ」
そう口に出すと、
後悔や悲しみ、
寂しさが胸の中に広がります。
「まあね。
もう、あんたの役目は終わったの。
あの子は大きくなったし、
一人でも生きていける。
これ以上追うのは、
やりすぎってものでしょう」
レオは何も答えられませんでした。
そう認めたら、
自分が今までやってきたこと全てが
否定されてしまうような
気持ちになったのです。
「あー、あたしだって忙しいんだから。
せっかく相談に乗ってあげようと
気が向いたのに。
結局あんたは何がしたいのさ」
キママが言いました。
レオはしばらく考えました。
自分が抱えている、
余分な感情は一旦差し置いて……
そして答えました。
「せめてソラに、謝りたい。
こんな俺と一緒にいてくれて、
ありがとうとだけ伝えたい」
そう言ったレオに、キママは頷きます。
「いいんじゃない。
そのあと、別れるか一緒に行くかは
あんた達次第。
拒絶されたら、大人しく帰ってくる……
そうね、名案なんじゃない?」
レオも、空を見上げて頷きました。
そうしたら、
自分の気持ちの整理が付く。
そして、ソラにもう一度だけ会って、
伝えたいことを伝えられる。
それはまるで、
谷底に光が差したように
感じられたのです。
「本当にありがとう、キママ。
俺は、もう一度だけ
ソラと会ってみようと思う」
そう言って、
レオはソラが走っていったと
思われる方向……
レオの感ではありますが、
恐らく当たっているでしょう……
に何歩か踏み出します。
そして、ふと振り返りました。
今まで歩いてきた、
長い長い道のりは、
雲に隠されてゆきます。
「俺は、本当にダメなライオンだな」
「はいはい」
呆れたように笑ったキママは、
言いました。
「でもダメなライオンなりに頑張って、
レオ」
レオが、小さく微笑みました。

夕暮れ時のサバンナを一人、
ソラは歩いていました。
やみくもに歩き続ける先は西の大地。
そうでもしなければ、
心が壊れてしまいそうな
気がしたのです。
ソラはふと立ち止まり、
歩んできた道を振り返りました。
わずかに大きくなった自分の足跡が、
地平線に見える崖の方角から
ずっと続いています。
でも横にあったはずのレオの足跡は、
もうそこにありません。
考えてみれば、自分のお母さんの姿は
靄がかかったかのように
覚えていないのに、
レオの姿は瞼に焼きついたように
離れないのです。
もう一度、会いたい。
そうは思ったものの
今更この道を戻れるはずもなく、
心にぽっかりと穴が開いたように
ソラは佇んでいました。
どのくらいそうしていたでしょう。
やがて、ソラの瞳から
ポロポロと涙が零れ落ちました。
数日前までは
前にはっきりと見えていた大河は、
もうぼんやりと霞(かす)んで
見えません。
その時、懐かしい足音が
後ろで聞こえた気がしました。
わずかな期待に、
ソラは再び振り返ります。
そして、息を飲みました。
「レオ」
茜色の夕陽に照らされて、
そこにいたのはレオでした。
彼は何も言わず、
少し離れた所から
じっとソラを見つめています。
ソラはしゃくりあげながら言いました。
「わからないんだ」
沢山の夜と草が混ざり合ったような、
夏の終わりのような切ない香りが
空へと昇ってゆきます。
「どうすればいいのかな」
ソラは泣きながら言います。
レオが困ったように、答えました。
「泣くなよ……」
そしてレオは地平線の向こうを
見つめます。
「なあ、ソラ。
大河が見えるよ。もう、すぐそこに」
顔を上げたソラは、
まだ何も言うことが出来ませんでした。
言われてみれば、
もう目指していた場所は
すぐそこなのです。
そしてやっとのことで口を開くと、
レオが全てを終わらせるように
言いました。
「この冒険、
ソラと出来て本当に幸せだった。
ありがとう」
「え?」
ソラが振り返ると、
そこにレオの姿はもうありませんでした。
長い草むらが
木の下で揺らいでいるだけです。
でも、何故かソラは呼び止めることも
出来なかったのでした。

それから、何日も
ソラは一人で歩き続けました。
西へ、西へ……
そしてもう大河が目の前に
迫ってきたという時です。
「あ」
思わず、声を上げていました。
広い広い草原に、
大河に向かって行進するように
進んでいく動物の群れがあったのです。
目を凝らせば、
動物達はソラと同じ毛色に、同じ形の角、
そして同じ足取りで歩いているのでした。
「ガゼルの群れだ……」
やっと出会えた安心に、
ソラは膝の力が
抜けてゆくのを感じました。
同時に、
ついていったらこの冒険は
もう終ってしまうような
気がして振り返りました。
けれども、
やはりあれ以来レオには会えず、
その悲しみも時が過ぎるのとともに
薄れてゆきます。
ソラはガゼルの群れへと
歩いてゆきました。

「綺麗な角!この群れのガゼルかい?」
しばらくソラが群れの後ろを
ついてゆくと、
話しかけてきた一匹のガゼルがいました。
見かけはソラと同い年くらいでしょうか。
草の緑によく合う、
茶色のしま模様が印象的です。
「あ、ううん……
森のずっと向こうの大地から来たんだ」
ソラがそう答えると、
そのガゼルはだいぶ驚いたようでした。
「へえ!ガゼル一匹で?」
ソラは少し考えてから、答えます。
「……ガゼルは一匹。君は?」
「僕は……
群れについてきただけだからな。
まあ、とりあえずあっちの方さ」
「この群れ、
みんな西へ向かってるのかい?」
「そう、いくらなんでも多すぎだとは
思うんだけどな。
明日、大河を渡るんだ」
その言葉に、
ソラは顔をほころばせました。
「こんなに沢山のガゼル達に会えたのは、
僕、初めてだよ。嬉しいな」
そんなソラに首を傾げたガゼルは、
進み始めた群れを指さして言います。
「ほら、おいて行かれるぞ。行こう!」
走り出してゆく彼の背中を追って、
ソラも走り出します。
遠くに見えた別の子供のガゼルたちと、
彼が話しているのが聞こえてきます。
「あれ、リク、その子は?」
「僕の友達さ!名前は、えっと……」
「友達の名前、知らないの?」
 ソラは軽やかに笑って言いました。
「ソラだよ。よろしく」
大河を渡る前の陽の朝、
まだ眠っているみんなより
一足早く起きたソラは草原を見渡します。
「レオ……」
今までしてきた旅は、
レオと一緒にもう遠い昔の夢に
消えてしまったようでした。
この大河を渡れば、
もうレオとは永遠に会えなくなってしまう。
それでいいのでしょうか。
(……そんなの、嫌だ)
ソラは思いました。
あの時、どうしてレオを
引き止められなかったのでしょう。
どうして、ちゃんと別れを
告げられなかったのでしょう。
それでも、後悔をするのはもう遅く、
朝日は昇るのでした。

その後起きてきた仲間たちと一緒に、
ソラは大河の前に立ちました。
今まで様々な経験をした地を、
あとにして。
「無事に渡ろうね」
「無事に?」
「運が悪いガゼルはワニに食べられたり、
川に流されたりするらしいのさ……」
不吉な予感に、
ソラは深い川の中に目を凝らします。
うごめく黒い影が、見えた気がしました。
「子供たちは、
大人の間に隠れて渡ってー!」
先頭でわたり始めるガゼルたちの群れが、
声をかけます。
辺りには、ガゼルだけではなく、
ヌ―やシマウマ、ハイエナまで
様々な動物達がいました。
「色々な動物が渡っているんだね……」
感想を口にしていたソラにも、
川を渡る番が回ってきます。
覚悟を決めて、
ソラは茶色に濁った川に飛び込みました。
冷たい水が体中を刺すように当たります。
そして足を少しでも前に、
前にソラは動かし続けました。
その時でした。
「わぁっ」
太い枝が流れてきたかと思うと、
ソラに当たったのです。
一瞬のことに、ソラは水の底へと押され、
濁流にのみ込まれてゆきます。
ソラは懸命に足を動かしましたが、
どうすることもできません。
すると突然、辺りに光が戻り、
ソラは水の上に顔を出しました。
誰かが引っ張り上げてくれたのです。
そして、ソラは、すぐ横にあった姿に、
驚きで溺れそうになりました。
「え……えぇっ?」
 そう、それは大きな瞳のハイエナ……
「ナエイ?!
どうして、どうしてここに?!」
「話はあと。ほら、進むわよ!」
懐かしい瞳を、
水面(すいめん)にキラリと
輝かせたナエイは言います。
そしてついに、
ソラは向こう岸にたどり着きました。
「渡れた……」
大河を前に、
ソラは呆然と立っていました。
思い出のようなサバンナの大地が
どこまでも広がっていました。
新しい仲間達の声が耳に届きます。
「良かった、ソラー!」
「みんな無事だよ!」
「西の大地についたよ!」
その時、ソラは仲間の声も聞こえず
息を飲みました。
向こう岸で、
一匹でこちらを見つめる
ライオンの姿があったのです。
それは……
「レオ、レオ!」
ソラを見届けたかのように、
レオはゆっくりと来た道を
戻ってゆきます。
なんとか呼び止めようと、
ソラは叫びました。
「待って、レオ!」
でもどれほど呼んでも、叫んでも、
レオは振り返らずに
茶色のサバンナへと歩いてゆきます。
その姿が消えてなくなる前に、
ソラは精一杯叫びました。
「僕は、レオがいてくれたおかげで、
ここまで来れた!
新しい仲間も出来た!
確かにレオは
完璧なライオンではないけれど、
それでも僕が失ったもの以上に、
沢山のことを教えてくれたんだ!
レオは、世界で一番
優しいライオンだよ!」
レオの後姿が立ち止まったように
見えました。
ソラは大きな声で続けます。
「あんなこと言ってごめんなさい、
レオといられて、
僕も本当に幸せだった!
レオのことは何があっても、
何がなんでも、絶対に忘れない!
大好きだよ!
本当に、本当にありがとう!」
最後に振り返ったレオが、
少し微笑んだように見えました。
「ありがとう!さようならー!」
これでもう、全てが終わります。
ソラは遠ざかってゆくレオの後姿を
ただ見つめていました。
遠くにはハイエナのブチが見えます。
レオの姿はやがて、
長い草の中へと溶けるように
消えてゆきました。
西の大地からソラを歓迎するような
暖かい風が吹いてきます。

それを見届ける前に
ソラは新しい仲間たちのもとへ。。。
輝かしい緑の大地へ。。。
と歩いてゆきました。

離れていても、もう会えなくても、
ガゼルのソラとライオンのレオは
いつまでも友達です。
そう交わした約束を胸に、
二匹は今、
別々の道を歩んでゆくのでした。
自分たちの、新しい未来へと向けて。
(おしまい)

 

 

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