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第5回 子育て通信
子どもは変身を繰り返す生き物です。(小学1年生から3年生まで��)
小学低学年の時期に、勉強は何のためにするのかを子ども達にどう教えたらいいかについて触れていきます。
実は、子ども達が勉強とは何かを理解するのは小学低学年の時なのです。そして、子ども達一人ひとりの「勉強とは何か。」の答えが一生を大きく左右するのです。
この時期に「勉強とは何か。」の答えを与えるのはお母さんや学校の先生などの大人です。小学低学年は、子ども達が明るく元気に生きていけるかどうかを決める大切な時期です。しかし、大人も子どももそのことに気づいていないことがあります。
「勉強はテストのためにするのではありません。」
○子ども達は学びたがっています。
小学一年生になると、ひらがなやかたかなや簡単な漢字が読めるようになります。たし算やひき算もできるようになります。
お母さんは「これくらいは簡単なことだ。できるようになって当然だ。」と考えられるかもしれません。たしかに簡単かもしれませんが、子ども達にとってはすごいことなのです。
今まで、話し言葉しかわからなかった子どもが、文字を読めるようになると世界は一変します。自分のまわりに、文字がいっぱいあることに気付くのです。町のお店の看板をすべて読むことはできませんが、看板たちがざわざわと語りかけてくるのです。
絵本は不思議で楽しい世界に連れていってくれます。もうお母さんに読んでもらわなくても、いつでも自分で不思議な世界に入っていけるのです。
たし算やひき算ができるようになると、自分でお菓子を買えるのです。トランプやすごろくだってできるようになるのです。
子どもにとって学ぶということは、生きる力をつけることなのです。今まで出来なかったことが、できるようになることなのです。学ぶことがテストの点を取るための味気ない作業にならないように気をつけたいものです。
子どもは学び、知り、理解し、できなかったことができるようになって、驚き、喜び、感動しているのです。
テストの点など気にせずに、子どもの心を知ってあげましょう。驚きと喜びに満ちた、わくわくする子どもの世界に、お母さんも入ってみてください。お子さんと一緒に子どもの世界を楽しんでみてください。
そうすると、必ずお子様はお母さんが大好きになり、楽しい毎日を過ごすことができます。そして、気がついてみると、活発で優しい子どもになっているだけでなく、学校の成績も良くなっているのです。
小学低学年の時期は、まちがっても「勉強しなさい。」と怒ったりしないで、子ども達が本当に学びたがっていることを上手に引き出してあげてください。
それなのに、大半の子ども達が小学4年生になるころには勉強が嫌いになっています。なぜなのでしょうか。
それは、子どもたちの学ぶ喜びに気づかない大人が、テストで子ども達を評価してしまうからです。大人が勉強の目的はテストで良い点を取るためだと思ってしまっているからです。
テストは学習の成果を測定し、指導方法を見直すためのもので子どもを評価するためのものではありません。確かに、勉強しない生徒は成績が悪いでしょう。でも、勉強をする楽しみを奪って勉強させないようにしているのは大人かもしれません。
また、子ども達は大人によって作られて行くのですから、すべての責任は大人にあるのではないでしょうか。
小学低学年の時期に、勉強はテストで良い点を取るためにやるものだと思いこまされた子どもは、一生勉強が嫌いになります。そして、当然成績も悪くなります。
勉強が、現実の世界と結びついていて、勉強したことがすぐに役に立つのだと言う実感を持った子どもは、勉強が楽しくなります。当然成績もよくなります。
中学生になると、勉強がそのまま現実世界とつながるとは限らなくなってきます。一次関数や二次関数が現実の世界とどう結びつくのか、どう役立つのか、分かりづらくなってきます。
しかし、小学生の勉強はすべて子どもの住む世界と密接につながっています。学んだことはすぐに役に立ちます。だから、小学生の時に、勉強が役に立つと言うことを実感させておかなければ、中学生になってからでは手遅れになってしまいます。
もし、小学低学年の時に、子どもに勉強はテストのためにするものだと思いこませてしまっていたら、今からでも遅くありません、お使いに行かせたり、親戚の人に手紙を書かせたりして勉強が生活に直結していることを自覚させるようにしてあげてください。
学校でどんなことを習っているか聞いてあげて、学校で習ったことを日常の生活で活かすような場面を作るように工夫してみてあげてください。
お子様は、きっと勉強することが楽しくなるはずです。テストのための勉強は誰だって嫌ですが、自分の生活に役立つのなら誰だって勉強したいと思います。
「教育って何なのでしょう。」
○今後、受験のためだけの教育は急速に影を潜めていきます。
現在教育現場で行われている教育は、テストで良い点をとって、高校や大学に合格させるための教育だといっても過言ではないでしょう。戦後長く続いた受験戦争に勝ち残るための教育の名残が残っているのです。
団塊の世代や第二次ベビーブームの時代には、子どもの数が多く、それに比べ学校の数が少なく、激しい競争に勝ち残れなければ、進学できませんでした。
そういう時代には、希望する高校や大学に入るためには、教育が受験勉強一色になることもいたしかたない面もあります。
しかし今、子どもの数が減少を続け、入試がドンドン易しくなってきています。文部省は中高一貫教育を唱えていて、できるだけ高校入試をなくしていこうとしています。公立の中高一貫校を作っているのもそのためです。
今でも、推薦入試や学校推薦で、実質的には入試の前に高校入試合格がわかっているケースが増えてきています。
大学受験者数の減少傾向から、やがて希望する人は全員大学に入れる大学全入の時代が来ることも予測されています。すでに大学の半数が定員割れを起こしています。状況は急速に変化しています。入試がなくなると、教育の目的や学習の目的は変化せざるを得ません。
おもしろくもない受験勉強は影を潜めてくるでしょう。
それに変わる新しい教育が求められています。
反面、テクノロジーの進歩のスピードは昔に比べ飛躍的に早くなり、社会の変化のスピードも格段に速くなっています。大学までに学んだことで一生仕事をしていくことなど もはや不可能です。
ですから、これからの社会を生きる子ども達は、一生学び続けなければなりません。ですから、今の成績よりも、勉強を好きになり、一生学んでいける力を付ける方が大切なのです。
そして、勉強を好きにさせる方が成績を確実に上げる方法でもあるのです。勉強が嫌いな子どもより、勉強が好きな子どもの方が成績は良くなるに決まっています。
これから、日本人の価値観は、一層多様化していくでしょう。成績が良い子どもが素晴らしい子どもだと言う考え方もだんだん薄れていくのではないでしょうか
。
すでに子ども達は東大生より歌手やプロ野球選手・サッカー選手の方がかっこ良いと思っています。この流れは逆戻りすることは無いと思います。
(但:スポーツで生計が立てられる人は、持って生まれた才能がある場合が多いです。この見極めは重要では?)
そう考えると、これから必要とされる教育は、学力に限定せず子ども達一人ひとりの個性と長所を伸ばす教育ではないかと思います。
テストの成績を上げるということは、教育の目的のほんの一部に過ぎません。正確に言うと、テストは教育をやった成果を測定し、その後の指導をより良くするための判断材料であって、教育の目的ではなく、手段に過ぎないのです。
目的と手段が取り違えられてしまった今までの教育の弊害を、これからは取り除いていかなければなりません。受験が易しくなって、弊害を取り除ける時代が来ているのです。
○これからの教育は、子ども達一人ひとりの個性を伸ばし、子ども達に自分の夢を実現する力を与えるものでなければなりません。
教育というのは、本来子ども達が大人になった時に、自立して生きていける力を与えるものだったはずです。子ども達一人ひとりの人生の夢を実現する力を与えるものだったはずです。
ですから、学力だけでなく、絵画や音楽などの芸術、技術家庭、あるいは体育など、多彩な能力を育成することだったはずです。社会で円滑な生活をしていけるように、人を理解し、人と助け合う力を育成し、人格を形成することも含まれていたはずです。
どんな困難にも負けない精神力を育てることや、いつも明るく元気で、周りの人たちに優しくできる心を育むことも教育だったはずです。
このように、教育が幅広いものとして考えられたら、教育は豊かなものになるでしょう。子ども達にとって、学校生活は楽しいものになり、今問題になっているいじめや不登校もなくなることでしょう。そして、学力だけにとらわれず、子ども達一人ひとりの長所を伸ばし、個性を伸ばす教育ができるようになるはずです。
○「教育とは何か。」
「教育はどのようにやればよいのか。」を考え続けていかれると良いと思います。
受験が易しくなって、教育が受験勉強から解放されれば、教育は本来の姿に立ちかえることができます。そうなれば、教育目的も多様化してきます。知的好奇心を満足させるための教育も広がっていくことでしょう。今までのように、バランス良くたくさんの教科を学ぶのではなく、自分の好きな教科を思う存分学ぶこともできるようになるでしょう。職業技能を付けるための学習の比重も高まってくるでしょう。
学力を高めるよりも、スポーツに打ち込むことを優先する人も出てくるでしょう。心を鍛えることを第一と考える人も出てくるでしょう。パソコンに熱中する人もいるでしょう。
このような時代に、お母さま方が、教育を今までのようにテストで点を取らせるだけの狭い意味で考えられたら、大きな過ちを犯すことになってしまいます。
時代は大きく変化しています。「教育とは何か。」「教育はどのようにやればよいのか。」「子ども達にどのような能力を育成すればよいのか。」を考え続けることが必要です。
教育というものは難しいものです。特に、我が子の教育は難しいものです。「慈母に敗子あり。」という言葉があります。愛情深いお母さんほど、子育てを間違ってしまうというような意味です。良かれと思ってやったことが、裏目に出てしまうことが多いのが、我が子の教育です。
教育においては、いつでも誰にでも当てはまるような正解はありません。しかし、正しい教育が行われているかどうかは簡単に判断できます。
お子さまの表情を見て、いつも明るく、元気よく、活発であれば正しい教育が行われていると思ってください。
暗く、元気がなければ何かが間違っています。この「子育て通信」の内容よりも、お子さまの表情がもっとも大切な判断基準です。
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